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■本音を言うのは今じゃなくてもよい(ブランカさんとジークヴァルドさん)
酷い土砂降りだった。
ヘーゼルブラウンの髪をしとどに濡らし、濃紺の外套に身を包んだ女が一人、林の中の巨木の影に身を寄せる。走り回ったお陰で跳ねる鼓動と乱れる息をどうにか落ち着けようと試みるが、浅く短い呼吸は治まる気配を見せない。せめて雨音に紛れることを祈りながら、限界まで巨木に身体をくっつけ、くるりと視線で周囲を確認した。
ひとまず視界に入る範囲には追っ手の影が無いことに安堵する。気持ち体重を巨木の方へもたせかける様にしてから、女は長めの吐息をひとつ零した。
任務そのものは計画通りに進んだのだ。
ターゲットが隠し持つ情報を予定通りに入手(記憶)し、離脱する。追っ手がかかるのも計算のうち──ただひとつ、誤算があったとすれば、この大雨。雨に紛れて姿を誤魔化せるかと画策したが、結果的に逃亡に際して仲間と落ち合うのを阻まれ、追っ手の追跡を容易にしてしまった。記憶に刻んだ周辺地図と仲間と落ち合う予定だった場所を思い浮かべ、そして己の現在位置を割り出して合流しようにも雨のせいで星さえ見えず、正確な立ち位置が測れない。それでもおおよそのアタリを付けて進んだところで今に至る。
さて此処からどうすべきか──息を整えながら思考を巡らせる、落ち合うはずの仲間はさすがにもう待っていないだろうし(むしろ立ち去っていて欲しい。ずっと待っていたのでは彼女の身にも危険が及ぶ)、こうなってしまっては自力で本部へ戻らなくてはならない。このような事態は常ではないが、ままあることでもあるので然程深刻にはならず、それでも女は疲れたため息を一つ落とす。雨水を吸ったコートがずしりと重く感じられた。
ふと、今回計画では自分を待って拾っていってくれるはずであった後輩の鮮やかな赤い髪と凛とした碧眼を思い出す。
任務が当初の計画通りにすんなりと進むことは──存外多くない。むしろ今回のように何らかのハプニングで多少の変更を求められることの方が多い(とはいえ、これは自身の経験談であるので、他の人がそうだ、とはいいきれないのだけど)。それでも毎回後輩は心配し、叱ってくれる。それが彼女の可愛らしさであり美点でもあった。
(これでは、今回も叱られてしまうわね)
内心でひとり呟く。
これは、できる限り急いで帰還して怒りを鎮めてもらわなくては──と木に預けていた身を起こそうと足に力を込めるのと同時に背後に人の気配。
ひゅ、と息を飲んだ音が聞こえただろうか。
身を固くしてみるも、時遅し。どうするか、と思考を巡らす隙もなく一歩先んじた相手の左手が女の腕を掴む。そんな場合ではないのによそ事を考えていた油断か、相手がこちらより上手だったのか。歯噛みしたところでどうにもならず腕を引かれるままに身体を反転させる。
「……ジーク」
振り向いた先、視線を転じた向こうにいたのは──追っ手ではなく見知った顔。
惚けたのは一瞬で、寄せられた体を一歩後ろに引きながら腕を外そうと試みる。相手の掴む手にはそれほど力がこもっていなかったのか、拘束はするりと解けた。
「なぜ、ここに」
雨音に紛れるギリギリの音量で問いかける。
「……待てども集合場所に現れないあなたを心配したローザさんが参謀長に増援を懇願したんです──ブランカ、怪我は」
「ないわ」
「ローザさんが別ルートであなたを探しています──落ち合う場所は決めてますのでそこまで移動を……走れますか?」
「……走れる、けど」
「けど?」
女──ブランカは自身の頭を左右に振る。知り合いの顔を見たからか、それが長年の顔見知りだったからか、途端に細かく震えだした指先をきつく握る。
「すれ違いにならなくてよかった」
「……探索ルートを決定したのは参謀長ですよ──かなり賭けではありましたが」
「そう……」
話をつなぎながら握り込んだ指先をそろりと開く。まだ震えが治らない。その震えに気づいているのか否か、ジークヴァルドが音もなく手を伸べてくる。とん、と一度だけ触れて離れて行く掌を追いかけて、ブランカは相手の手を握りこんだ。お互いに手袋をしているために、体温はわからない。わからないが、確かにそこにある存在にほつりと緊張が解ける。
「ジーク」
「……はい」
「5分だけ」
「……」
どうぞ、と密やかに応える声にブランカは一歩体を寄せ、眼前の自分よりはるかな長身に身をもたせかける。自分が身につけているコートと同じく相手が纏うコートも同じようにたっぷりと水をすっており、触れる頰を湿らせた。しらずに溢れた吐息に応えるように、相手の手がゆるりと持ち上がり、するりと髪を撫でられた。そろりと目を閉じ──しばし。
「5分です」
小さく告げられる時限に、うん、と一つ頷いて身を離す。相変わらず雨はひどいが、それでも先ほどに比べると周りの景色は少し明るくなっているようだった。
「ジーク」
「……はい」
「……いいえ、やっぱりいいわ」
そうですか、と答え視線を森の方へ向ける人を見遣る。
「もどったら」
「はい?」
「いいえ、行きましょう」
2018.08.18
[mitra]
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■多くは望まない(のろけブランカ)
「え、ただの一度もないんですか?!」
心底驚いたという、ローザの声を聞いて、ブランカはきょと、とその瞳を瞬かせた。
「それは、そんなに驚くこと?」
「そりゃ、驚きますよ! ジークさん、もっと甲斐性があると思ってたのに」
ちりちりと怒りを湛えた美しい青を見遣りながら、ローザの瞳は美しいなぁなどと場違いな感想を抱く。きり、とした表情で睨まれ、思わず肩を竦めたのは致し方のないことだろう。
「でもほら、一般的な流れとは違うから」
「それだからこそ、でしょう!」
フォローのつもりで放った言葉は、ますます彼女を怒らせたようである。しまった。
ブランカは己の伴侶に対する悪評をどうにか覆せないかと思案するも、妙案が浮かばず黙り込む。そも、なぜこのような事態になったのだっけと数分前のやり取りを思い出す。そうだ、愛情を表す言葉を相手から述べられるか否かについてのやり取りだった。
先日縁あって夫婦の契りを交わすことになったブランカと彼女の夫は、元々が友人関係であった事も相まってか、所謂「おつきあい」というものを経ていない。それどころか、青天の霹靂も霞むほどの行き成りぶりで同僚を始め職場の面々を驚かせたのは記憶に新しい。そんなわけだから、その裏にはどんな熱愛があったのか、と周りの興味も募るばかりではあるのだが。
「でも、わたくし、ジークと恋愛をしたいのではなくて」
控えめに落とした言葉にローザが、ギッとブランカを睨む。
「はい?」
一瞬、ひやりとしたモノを背中に感じつつ、ブランカは言い募る。
「だから、あの、家族になりたくて」
ややしどろもどろになった回答にローザの怒りが治まったのか、呆れられたのか、は~、と長い溜め息をつかれる。
「この先の人生を一緒に過ごすなら夫婦が一番違和感がないかと」
「そんな契約的な」
「でも、ある意味婚姻ってそうだわ。それに、夫婦になると、世間的にも"家族です"ていうお墨付きがもらえるわけだし」
「まぁ、そうですね」
「遠く離れたところでジークの身に何かがおきても、一番に連絡がくるのよ。奥さんだから」
「ん~~~ま~~そうなんですけど~~」
そうじゃないんだなぁ~~、と、眉間を押さえるローザに、ブランカは朗らかに笑う。
別に、あいのことばなど、なくてもいいのだ。
ただ、まろみのあるあまやかな声音で、己の名を、それは大事に呼んでくれるので。それだけで。
2017.01.24
[mitra]
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■汝その目を見開きて(参謀長と愉快な仲間たち)
凍てつく空気を切り裂いた声無き悲鳴は、教皇庁枢機室--通称をミトラという--にも僅かな衝撃をもってもたらされた。 インドラが密造品売買の売人として追いかけていた人物は、奇しくもミトラが別件で追いかけていた人物でもあったためだ。
僅か数枚の調書に纏められた事件の顛末にざっくりと目を通しながら、ミトラ内参謀長という役割を担うエヴァルド小さく溜め息を漏らす。その様子を見て、控えめに声をかけたのは彼の副官を務めるジークヴァルドだ。
「折角の手がかりがなくなってしまいましたね」
参謀長とその副官に与えられた執務室には、窓からやわらかな光が射し込み、落ち着いた色調で纏められた調度品類が鎮座している。穏やかな景色とは相反して室内の空気は重苦しい。
「仕方ないですね……もう少し大きな魚が狙えるかと期待して泳がせておいたのはこちらですし、こういう事態が起きる可能性も考えないではなかったですから」
持っていた紙束を乱雑に執務机の上に放り出しながらエヴァルドは薄く笑う。その目元には疲れが色濃く残り、彼の落胆を伺わせた。その様に、ジークヴァルドは僅かに眉を顰めたが、それ以上の言及はせず、それにしても、と言葉をつなぐ。
「調書を読む限り、ターゲットはインドラの見習い生が止めを刺してます。にも、関わらず、もう一人が出てきてインドラの教官を殺しているというのは」
ジークヴァルドの言葉に、エヴァルドがこくり、と頷く。
「ちょっと引っ掛かる、かな」
「ですね……そこで黙って逃げておけば存在すら感知されずに済んだかもしれないのに、正体がバレる危険を冒してまで殺す必要があったのでしょうか」
エヴァルドが右手人差し指で、こつりこつりと執務机を叩く。
「ひとつ、売人が死んでいるという確証が持てなかったので、用心のため。ひとつ、売人を殺された報復」
「もしくは……件の教官も何らかの関りを持っていて、もともと双方を殺すつもりだった」
「……この調書とインドラから貰った個人履歴を見る限り、そんなに需要人物とも思えないけどね」
「そうですねぇ……見習い生については、調書通りで嘘はなさそうです」
「根拠は」
「ブランカに探らせました」
「……いつのまに……本当?」
そこでエヴァルドは、初めてジークヴァルドの背後にある机で書類を纏めていた女性へ声をかける。ブランカ、と呼ばれた女性は、書類から顔をあげ、掛けていた椅子から立ち上がる。かたり、と椅子をひく音が執務室に小さく響いた。
「本当です。先週、業務復帰前の彼女に面会してきました……亡くなった教官の友人ということで」
もちろん、そこには嘘が含まれる。ブランカは件の教官と友人であったことはなく、面識さえ怪しかった。
「うん、それで」
「彼女は売人が重要人物であること、あの日は足取りを追いかけていたら遭遇し、たまたま一人になったため仕掛けたことを話してくれました……それ以上の情報は持っていないみたいでした」
「なるほど……指導担当官については何か?」
「そこにある個人履歴以上の情報は持っていませんでした。それなりに信頼はしていたようですが……」
「まぁ、もし本当に何かきな臭いものを持ってるんだとしたら見習い生には悟らせない、か」
諦観を覗かせるエヴァルドにジークヴァルドが一つ提案をする。
「……一度、インドラを探ってみますか?」
「そうだなぁ、室長にかけあってみようか。出ないのは当然、出たらもうけ物、くらいで」
「そうですね」
「わかった……この件は俺から話しておくから、二人は別件にとりかかっていいよ」
にこりと告げるエヴァルドに、軽く会釈をして了承の意を伝えたジークヴァルドはブランカを伴って執務室を後にする。
ジークヴァルドのあとに続いて執務室を辞したブランカは、むすりとした表情を覗かせ、眉を寄せた。
「何」
「……本当にインドラに探りをいれるの?」
「まぁ、手がかりが潰えた以上は」
「あの指導官、本当に関りがあるのかしら」
「それが分からないから探るんじゃないですか」
「……そうね……」
「怪しくなさそうにみえても裏に別の顔を隠している、なんて今までざらにあったでしょうに」
「そうなのだけど……あの見習い生の様子をみるとちょっと……」
「……ブランカ」
「わかっているの……わたくしたちとしても、早い段階で新たなターゲットを見付けて追いかけないと、この件が闇に紛れてしまうことも」
並び立ち、廊下を歩きながらジークヴァルドはちらりと横目でブランカを見遣る。
「情でも沸きましたか」
やや硬めの声音で発せられたジークヴァルドの言葉にブランカは数度瞬きをし、ジークヴァルドを見上げる。
「そうではなくて……ただ、インドラを探っても何も出ないような気がして」
「……うん?」
「あの指導官を巻き込んだのは相手方がこちらを霍乱するためのような……確証はないけど」
「これで、偽の証拠でも出てくれると探りがいがありますね」
「ジーク」
「そうでしょう? 何か出れば足がかりになる。……ホンモノならなお歓迎」
「……そうだけど」
「ともかく、一度叩いてみないと始まりませんから」
そうね、とブランカは溜め息を漏らす。
*****
「礎たるもの」ttp://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7049013 に着想を得た、ミトラ小話
ねつ造しかないし、やや屁理屈じみてしまったかな……。
2016.08.17
[mitra]
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■利害の一致、以上に的確な言葉がない(ジーブラ)
ふと、気付いてしまったのだ。
その日はとてもよく晴れた暖かな日で、ブランカはアカデミー時代の同級生の結婚式に出席していた。厳かながらも華やかに飾りつけられた教会内、多数並ぶ木製の長椅子の後方のひとつに腰を落ち着かせたブランカは、つと隣に座る男へと視線を向ける。隣に座るのは、同じく同級生だったジークヴァルドだ。
「どうかしましたか」
「……なんでもないの」
ふるりと首を振ってジークヴァルドの質問に答えたブランカも、そして隣に座るジークヴァルドも、常に身にまとう濃紺の制服ではなく、祝いの席にふさわしい華やかな格好である。
「見ほれましたか」
にこやかに問いかける男の顔をちらりとねめ付けると、ブランカは視線を祭壇のほうへと向ける。
「違うもの」
そうですか、残念。などと、少しも残念そうではない声でジークヴァルドが笑いと共に呟くのを、聞き流して、ブランカは今日の主役である同級生のことを思う。人生を共に歩む相手を見付けたと報告してきてくれた時の同級生の、晴れやかな笑顔が脳裏に蘇る。
そして、ふと。
そうえいば、隣に座す同級生にだって、いつか、そういう相手ができるかも知れないということを。
職場が同じで仕事内容も近く、近ごろでは一緒に仕事をする機会も増えたこともあり、そして同級生の気安さも相まって、仕事終わりに食事をもにすることもしばしば。だが、彼に伴侶ができれば、今と同じような付き合い方は控えるべきだろう。自宅に待つ人が居る相手を、気軽に食事に誘うような行動をとることはできない。
そんなような流れから、ジークが結婚してしまったら寂しい、というような内容の話をした、のは確かだ。話を聞いたジークヴァルドは、そうですか、と常と変わらぬような表情をしていて特に大きな反応も無かったので、然して切羽詰まった心情でもなかったブランカは、そのままするりと流してしまったほどであった。
それから、3週間程経過したある日、ブランカは青天の霹靂、というやつを体感することになる。
ジークヴァルドにプロポーズされたのだ。
*****
ブランカとジークヴァルドの関係性が友人から婚約者になり、早2週間。なんとなくぐったりした様子のブランカを前に、ローザは目を瞬かせた。二人は昼食がてら職場からほど近いカフェに来ており、目の前には美味しそうな若鶏の香草焼きが湯気を立てている。
「ブランカさん、体調悪い?」
だったら、このランチメニューは良くなかったのではないだろうか。日替わりランチはメニューを選べない代わりに他よりかなり安価なので、二人はよく利用するのだが。
「ちがうの、悪くないの」
「?」
だいじょうぶ、食べる……と、フォークを握るブランカに、ローザは首をかしげた。
「ブランカさん」
「なぁに」
「ご婚約おめでとうございます」
ローザの言葉に、ブランカがあからさまにびくりと体を揺らす。
「丁度、任務に出てて。聞いたのが昨日で」
「うん、ありがとう」
「……の、割に、あまりありがとう、な顔じゃないですね」
「え……そんなこと」
ないよ、と続く声のか細さにローザは眉を顰める。
「……何があったんですか」
何かがあったと返答すれば即座に席を立ち相手を懲らしめに行きかねないローザの声音に、ブランカは一瞬目を見張り、それから目を細めて笑った。
「ちがうの、そういうのじゃなくて」
「??」
「あの、婚約したでしょう」
「はい」
「そうすると、時々違うなぁって思うことがあって」
「何がです」
「えーっと、こう、声音とか呼び方、とか行動とか?」
「ジークヴァルドさんですか」
「そう」
「……そりゃ、まぁ、そうじゃないですか? 友人と婚約者では扱いは同じにならないですよ、心情的にも立場的にも」
のろけかと思い、半ば呆れ気味に返答するローザに、ブランカはむぅ、と表情をゆがめた。
「まぁ、普通だったらそうなのだなってわかるけど。ジーク、わたくしを、好きなのかしら」
「は?」
「そういうのとは、違うっていうか」
「は??」
「突然だったし」
「は???」
「利害の一致って言うか」
「ブランカさん」
ローザの顔がずいぶんと強ばっていることに気付いたブランカは、己の言葉が彼女に誤解を与えたことに気付く。とっさにどう言えば伝わるだろうかと考えたブランカに、ローザは真っ直ぐ射貫くような視線を向けてくる。
「ブランカさんは、ジークヴァルドさんのこと、好きじゃないんですか」
「……え?」
「婚約をうけたのだって、流されたわけじゃないでしょう」
「……」
「え、まさか……」
「ちがう、違うわ!」
「あ~びっくりした。そこで黙らないでくださいよ」
「うん、ごめん……そうね、うん」
ま、とにかくお昼を食べましょう、とフォークを握り直す表情が、常の通りになっているのを確認して、ローザはちらりと肩を竦めたのだった。
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「で? 利害の一致がなんですって?」
残業中、前ぶれもなく問われた内容に、ブランカは即座に意味を捉えることができず、え?、と間の抜けた音を発する。 それから、はたと、昼間ローザと話した内容を思い出す。口止めの約束をしそこねた自分を恨みつつジークヴァルドを見上げると、どうやら珍しく機嫌をそこねているらしい。はて、と思いつつ、
ブランカはことりと小首を傾げた。
「……世間一般的な恋愛とは違うでしょう?」
その台詞に、ふむ、とやや思案するような表情をジークヴァルドは見せる。
「貴女にとっての、『利』と『害』てなんです?」
「え?」
「私にとっては、『気兼ねなく隣に居られる』と……そうですね、害は『信じてもらえないこと』ですか」
にこりと告げられた内容にブランカは押し黙る。
「……その場の雰囲気に流されたわけではないのよ」
「知ってますよ」
「……」
「まぁ、友人であった期間の方が圧倒的に長いですからね……すぐに色々切り換えるのは難しいですよね」
「……ジークも?」
「……さぁ?」
「……わたくしにとっても、ジークの傍に居られるっていうのは、嬉しいことだわ」
「光栄です」
「茶化さないで」
「真面目ですとも」
「……」
「互いが隣に居ることを望んだ結果が今の状態なのは、ごく一般的な流れとそんなに違わないでしょう?」
「ジークがそんな望みを持ってたなんて全然知らなかったわ」
「貴女こそ」
「……だって、つい最近知ったんだもの」
なるほど、それもお互い様ですね、と微笑まれてブランカは数回瞬きをする。
「こんなに長いこと一緒に居て?」
「そっくりお返しします」
「……だって、ジークもっと、鋭いでしょう」
「……例外もあるんじゃないですか」
まぁとにかく、利害の一致も見られたことですしね、と朗らかに言うジークヴァルドがじわり、と距離を詰めてくる。
「? ジーク?」
「納得したでしょう」
「うん」
「じゃあ、いいですよね」
え、何がと、問いかける前に目の前の男に呼吸ごと持っていかれた。
2016.02.22
[mitra]
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■食い意地を張った人達の集い(ミトラ)
きっかけは、ほんの些細な好奇心だった。
目の前の、然程大きいとは言えないテーブルの上に次々に並ぶ色とりどりの菓子類に、常からあまり表情を崩すことのないラウコーンの顔が若干の引きつりを見せる。
深みのある色調の木製テーブルは重厚な印象でありながら暖かみがあり、揃えで設えられた椅子はどっしりとした作りながら座面と背もたれにはクッションが貼られ座りごこちが良い。床も天井も、きらびやかになり過ぎない程度に装飾されたここは、最近ご近所で有名になりつつあるパティスリーだ。カフェも併設するこの店は、休日ともなると店内は女性客で埋めつくされるほどになるのだが、平日で夕方のやや遅い時間であるためか、店内は然程混雑している印象はない。
4人掛けである席の、斜向かいに座るブランカは、やや顔を引きつらせたラウコーンとは対照的に、ずらりと並ぶ菓子類に目を輝かせた。対して、ラウコーンの向かい側に座るジークヴァルドは特に常と変わることなく、淡々としている。
時はやや遡り、小一時間程前。
枢機室の皆が使用する執務室の扉を開けたラウコーンは、室内の隅のほうで何事かを相談するブランカとジークヴァルドに遭遇した。扉を開けた音により、ふたりの会話が止ってしまったらしいと気付いたラウコーンは、すこし困ったように眉を下げ、お邪魔してしまったかな、と苦笑を浮かべた。
「いえ、たいした話はしてませんでしたから」
対するジークヴァルドはいつもの通りにこやかだ。ジークヴァルドの言葉にブランカもこくこくと頷き、は、と気付いたように笑みを浮かべる。
「ラウコーンさんも行きますか?」
「え?」
突然の問いかけにラウコーンが面食らっていると、ジークヴァルドが君、言葉が足りないよ、とブランカを咎めた。
「あの、仕事あがりにカフェに行こうと思ってるんです。期間限定でドルチェが食べ放題らしくて」
と、ジークヴァルドが差し出してきたお店の宣伝紙らしきものを覗きこむと、ラウコーンも聞いたことのあるパティスリーの名前が記載されていた。
「あぁ、最近評判が良いみたいだね?」
「そうなんです。一度行ってみたくて!」
「どうやら男女2名の組合わせで行くと割引率が高いらしくて」
なるほど、宣伝紙の下の方にそのような旨の注意書がしてある。
「面白い企画だねぇ」
「季節毎に集客効果を狙ってやってるそうですよ」
「なるほど」
「あ、でもジーク、この場合、ラウコーンさんは割引になるのかしら」
「どうかな……そしたら、君とラウコーンさんがペアってことにすればいいんじゃないか」
「え!? いやいや……」
「うん、じゃあそうしましょう。……えっと、ラウコーンさんは今日は何時くらいにあがれそうですか?」
「や、ちょっとまって」
「「?」」
「お邪魔じゃ、ないのかい」
「いいえ?」
「全然」
「……ふたりで、でかけるんだろう?」
「? 当初の計画はそうでしたね」
「……その点はご心配なく」
「いいのかい、ジークヴァルド君」
「多分、貴方のご想像のようなことはないですよ。利害の一致からですから」
「? ジーク、なんのお話?」
「ワリカンの話」
「??」
というやり取りがあったことなどをラウコーンが思い出す間にも、色とりどりの菓子類が運ばれては消費され運ばれては消費されていく。ブランカはあれそれと少しずつ味見をし、残ったものはジークヴァルドが食べるという方式がふたりの不文律であるらしい。然程大食漢でも甘いものに目がないというわけでもないラウコーンは一つだけ気に入った菓子を選び、なかなか珍しい隣国から輸入されたという紅茶を注文したのみに留まっている。
「よく食べるね」
感心しながら漏らした感想にジークヴァルドがふとラウコーンを見遣る。
「燃費が悪いんです」
「燃費」
「食べてもすぐ消費されてしまうみたいで」
「それは……太らなそうだね」
「ですねぇ」
「ずるい話だと思いません?」
こっちはすぐ身になるのに、などと横槍を入れるブランカにラウコーンが朗らかに笑う。
「ブランカ君……お菓子を目の前にしていう台詞じゃないなぁ」
「……ラウコーンさん、手厳しい」
と、若干ふてくされるような顔をみせたすぐあとに、開き直ったかのように破顔し、よし、じゃあもう少し貰ってきます、と席を立つブランカの背中を見送る男ふたり。
「……利害の一致ね」
「私はお手軽にたくさん食べられればそれでいいですし、彼女は色んな味を堪能できる」
「確かに」
「食べかけのものを人に渡すことに抵抗がないわけじゃないみたいで」
「ふむ」
「私は付き合いが長いから遠慮しなくていいそうです」
「なるほど」
そういえば、時候毎のイベント事のころになるとふたりでよく出かけてるのは……と、ラウコーンが言いかけるとジークヴァルドが綺麗な笑顔を見せる。
「そりゃもう、食い意地張った結果ですかね」
「えぇー」
もうちょっと浮ついた理由じゃないのかい! と不満げなコメントをラウコーンがこぼしたところでブランカが戻ってくる。単語を正しく聞き取れなかったのか、小首を傾げてラウコーンへ問い返す。
「浮気の話?」
「いやいや、まだそこまで到達してないでしょう」
「ラウコーンさん、浮気はだめですよ、何処に到達しても」
「うぅ……私じゃないよ」
「……あら、じゃあジーク?」
「こんなに一途なのに」
「食に対してね」
「あぁ、ジーク沢山食べるものね」
「ラウコーンさんのスコーンも絶品だそうで」
「……今度作ってあげるよ」
はぁと溜め息とともに吐いた台詞にブランカがきょとんと瞬きをする。お疲れですか? と問いかけられて、今まさに疲れたよ、とは口にせず、ラウコーンはそっと微笑んだ。
あれ待てよ、食べ差しをやったりもらったりできるってことはそれなりに? などと思ったのは家路に着いた途中のこと。
****
まるでジークさんが食いしん坊万歳みたいになってしまって、心底ごめんなさい。あと、ラウコーンさんは甘いもの苦手なイメージを勝手に持っているんですが(でも作るのは得意)、間違ってたらごめんなさい。なんだかよくわからないけど、ラウコーンさんとジークさんを会話させたかっただけで、ブランカはオマケ。
2015.08.24
[mitra]
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■冬至によせて(金隼領)
「冬至」
聞き慣れない言葉の意味を捉えきれず、きょと、と瞳を瞬かせて男が問い返す。
自分の放った言葉を、そのまま鸚鵡返しにされた女は、眼前に立つ男の顔をニヤリと笑みを浮かべつつ見返した。
「ずっと東の国の風習だそうだ。1年で最も昼が短い日に、浴槽に柚というものを浮かべたりスクウォッシュを食べたりするらしい」
「……ゆず」
これまた聞き慣れない単語だったのか、先程と同じく男が鸚鵡返しに言葉を呟く。その様子に女はますます笑みを深め、お前さんも入ったらどうだ、と揶揄いの言葉を投げかける。
「ゆず、とはどういうもので?」
「さぁ? 柑橘類だと聞いている」
「ふぅん……」
「なんでも、風邪を引きにくくなるんだそうだよ」
「じゃあ、貴方には必要ありませんね、ベス」
「ふん、風邪如きで寝込む訳にはいかないからな」
意趣返しのつもりで放った言葉はするりと交わされ、お前さんは体が弱そうだからな、と返す刀で斬られる始末。
「貴方が思うほど軟弱ではないつもりですが」
「そうだったかな」
「そうですよ。公務だって休んだことないでしょうが」
「あぁ、そういえばいつも居るな」
カラカラ、と笑う女を少し睨むと、悪い悪いと然程悪びれていない顔で言葉だけの謝罪が飛んでくる。
「まぁ、そう拗ねるな」
「拗ねていません」
「男のくせに心が狭いぞ」
「私の心は信者の為に広く開けてありますから、貴方の割り当てはないんです」
男の言葉にとうとう女が笑い崩れ、男はやれやれ、と溜め息をついた。
「その、ゆず、というのは」
「あ?」
「この地でも手に入れることは出来るのでしょうか」
「あー……どうだろうな。欲しいのか?」
「まぁ……風邪予防でもしようかと」
「今度、行商の連中に聞いといてやろう」
「なんなら一緒にはいりますか?」
「おやおや、聖職者とは思えない発言」
「ほんの冗談です」
「まぁまぁ遠慮するな。隅々まで洗ってやるぞ。なんたって私は脱いでも凄いからな」
「……結構です」
「もったいない」
「物凄く大事な何かが減りそうな気がするので謹んで遠慮いたします」
「意気地がないなぁ」
「貴方相手に何を今更」
「粗末だとしても笑ったりはせんぞ?」
「貴方、訴えますよ」
「浴槽の話だが」
「……」
「おい、卿」
「本日はお引取りを」
「おや、赤面する卿が見れるとは珍しい」
「~~~~っ!」
*****
冬至に寄せて。金隼の候卿コンビ。セクハラ(どっちもどっち)
2014.12.22
[mitra]
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■信ずる者は(金隼領)
異端審問官を名乗る男の視線が、冷ややかに眼前の女へと注がれる。対峙する女は、その視線を然程気にしたふうでもなく、いつもの通りの不敵な笑みで受け流し、むしろいつもより尊大な態度で肩をそびやかしてみせた。
「つまり、異端審問官殿は、私が異端だと仰しゃりたい」
「そこまでは申しませんが。信仰心が薄くていらっしゃるようだ、と」
なるほどねぇ、とますます笑みを深める女の隣で、立ち合うように申しつけられた為に、立ち去る事もできず、かといって口出しする事もできない男は、二人にはわからないようこそりと溜め息をついた。女はこの地を納める領主であり、男はこの地に派遣された司教である。ゆえに、この場合どちらの味方をすべきか、と問われれば迷いなく異端審問官である、と答える必要があるわけだが――
(できれば、逃げたい、今すぐに)
お互い笑みを浮かべてはいるが、部屋の空気は重く、互いからはピリピリと電気でもほとばしっているのではないかと思うほど緊迫していた。
「異端審問官殿は勘違いをなさっておるようだな」
「そうでしょうか?」
「熱心、とは言いがたいかもしれんが、信仰心がないわけではないよ」
「では、ミサには」
「毎週通っておるぞ。……あやつの声は耳に心地よい」
「本当ですか? 金隼卿」
「そういえば、候とは毎週お目にかかっていますね」
「……」
そうですか、と応える異端審問官のまとう空気が数度下がった気がして、失言だったか、と金隼卿、と呼ばれた男は内心肝を冷やす。正直に言えば、このような場面は初めてではないし、もっと肝が冷えるような状況に陥った事もあるので、慣れてるではないか、と言われればそうなのだが。
面倒事はできれば避けたい。ましてや、この地を治める女――金隼候、と呼ばれる――とは、それなりにうまくやってきて、外敵から脅かされた場合一番の障壁役となる金隼の地にも最近は穏やかな空気が流れている。それはひとえに、候と卿が上手くこの地を治めてきたからだ、という自負もある。
こんなつまらないことでぶち壊されるのも迷惑だ。さて、どうやって異端審問官殿にお帰りいただくか、と内心ぐるりと思考を巡らせていると、そうですか、と再度静かな声がした。
「であれば、今回はこのまま帰るとしましょう。候には、特にお話する必要もなさそうですから」
身を翻す刹那、ちらりとこちらへ投げた視線が思いの外苛烈であった為、一瞬出遅れ、慌てて見送りを、と申し出るとここで良いですとすげない答え。とにもかくにも終わってよかったと今度は大きくため息をついた金隼卿は、傍らに立つ女に視線を投げた。
「そういえば、貴方、信者でもないのに毎週いらしてましたね」
「そうだな」
「こういう事を見越して?」
「言っただろ、声が心地よいと」
「は?」
「私は説法を聞きに行ってるとは一言も言ってないぞ」
「……あぁ。そうでした、貴方はそういう人でしたね」
ため息とともに吐き出した男の声に女が朗らかに笑う。
「信仰心はあると言ったろ」
「神への、ではないでしょう」
「……そうだな」
この、強い人は、神など信じない。信じるのは、己の身ひとつ。
「私は、人を救うのは、神ではないと思ってるからな。……信仰心ってやつが、人を救う事はあるかもしれないがね」
「まぁ、その考えには概ね賛同です」
「おや、意外だな」
「それを信じる事が、その人にとっての真実救いとなるなら、対象がなんだってかまわない、とは思ってるよ。ただ、その対象が神であるように導くのが僕の仕事でもあるのだけどね」
「ふん」
精々頑張れば良いさ、と女が不敵に笑った。
2014.06.09
[mitra]
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■彼と彼女の関係性について(金隼領)
銀鴎領の領主は、おおらかなことで有名だ。
それは、彼の気質がそうさせるのか、土地柄か、男には判然としなかったが。
たまたま同僚との会合の為に訪れた隣の領地で、そろそろ暇を、と同僚を探しながらそぞろ歩いている時、ふと目にした光景。銀鴎の領主と同僚が立ち話をしていた。それは、なんでもない光景であったが、同僚がまとう雰囲気は、普段よりはずっとくだけており、対峙する銀鴎の領主はいつもと違わぬ豪快な笑みを浮かべている。
距離があるため、会話はこの耳に届く事は無いが、楽しそうな雰囲気というのものは、何となく伝わるものだ。銀鴎の領主の、義手ではない方の腕がもちあがり、同僚の頭を撫でる。整えられた髪の毛が乱れるのも頓着しないその様に、男が苦笑を漏らすと同時に、同僚がその手を払いのけるのが見えた。
それさえも、銀鴎の領主は可笑しそうに眺め、二三言なにかを呟いたのち、踵を返す。
同僚が髪を撫で付け終えるのを待ってから、存在を知らしめる様に靴音を響かせ、近づいて行く。
「金隼卿」
足音に振り向いた同僚に、男はにこりと笑みを閃かせた。
「随分と気安い間柄なのですね」
その言葉に、わずかに同僚の肩が緊張したので、いや、と慌てて右手を振る。
「いや、咎めている訳ではなく……ちょっと意外でした」
「……ああいう性格の方ですから」
「銀鴎の領主らしいというか」
「そういうそちらだって、うまくやっておられるようだ」
やわらかい笑みと共に呟かれた同僚の言葉に、男はきょとんと瞳を瞬かせた。
「ウチ、ですか」
「違うのですか?」
「……どうでしょう……」
脳裏に、自らが身を置く領地の領主を思い浮かべる。
「私たちは……そちらほど気安くもなければ、仲間でもありませんから」
「?」
「私たちは、お互いがお互いを金隼の地にふさわしい、と思っている間は、まぁ、いわば戦友というか、共犯みたいな位置にいますけれど」
「……けれど?」
「どちらかが、相手を、金隼に相応しくない、と判じた瞬間に、最も恐ろしい敵となるんですよ」
「……」
「もっとも、恐ろしいのは私だけで、あちらにとっては、私など取るに足らない存在なのだと思いますけれど。……きっと、蹴散らすのも容易い」
「そうでしょうか」
「そうでなければ、いけません」
2014.03.03
[mitra]
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【Eine unbekannte Person】
http://yuz.hacca.jp/a_m/ss/002.html
ジークさんとブランカのアカデミー時代を勝手に妄想ねつ造。親しくなる前というか、微妙な距離感の頃。ヤマもオチもないというアレ。
2013.12.30
[mitra]
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「その本は?」勤務先からの帰宅途中、珍しく本屋に寄りたいと申し出た夫に着いて、共に本屋に立ち寄ったブランカは、美しく包装された本が夫の手の中にあるのを眺めながら問う。「……あぁ、ちょっとした人生の指南書を」「ジークが読むの?」「いいえ。これはロンさんに」「ロン君?」「はい」「どんな内容なの??」それは、とても素朴な疑問から出た言葉だったのだが。こちらを見返す夫の顔が思いの外意地悪げに閃いたのにブランカは小首を傾げる。「知りたいですか?」「? それは、まぁ。ジークがロン君にどんな本を紹介するのかなって……」その言葉にジークヴァルドは笑みを深め、空いた片手をぽん、とブランカの肩に乗せた。「じゃ、家に帰ったら実践してみましょうか」「実践?」「本を読むより手っ取り早いですよ」「???」
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後日。
ジークヴァルドから贈り物です、と渡された本の包装を丁寧に解き、現れた表題を確認する前に、ロンは背後から何が出てくるのかと覗きこんでいたラウコーンに視界を塞がれた。なにをするんです、と口にする前に今度は隣に控えていたエヴァルドに手に持っていた本を奪われる。「?! ちょ、二人とも――」「いいから、気にしない、気にしない!」「しかし」「ジークヴァルド君には私から話しておくから、ね!」「なにがです?」「ロン君にはまだ難しいからだよ!」「言ってる意味がわかりません!」「わからなくていいから!」「??!?!」
2012.09.13
[mitra]
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【Unter einem Kronleuchter】
http://yuz.hacca.jp/a_m/ss/001.html
勢いだけで書き上げた。かき出したら結構迷走したけど面白かった……こんだけの長さでも書くの久々だから結構ぐだぐだだのぅ……。
2012.07.03
[mitra]
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「君、何か怒ってるの?」「いいえ」彼女の様子に違和感を抱いた彼の言葉は笑顔と共ににべもなく斬り捨てられる。「本当に?」「本当よ、何も……」彼女の言葉が終わらない内に彼は彼女の腕を掴み、身体を壁際に押し付ける。彼より身長の低い彼女はこうしてしまえば、彼の影にすっぽり収まってしまって身動きが取れない。「……何も?」「ジーク、離して」「理由を聞かせててくれたら直ぐにでも」「だから、っ――」「……」「……」彼女の言葉を、呼吸ごと奪い取った彼が、にやりと笑う。「機嫌は直りましたか?」(かーらーのー、平手打ちフラグ)
2012.06.19
[mitra]
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うららかな午後の日差しが差し込む資料室の、最奥にある閲覧席に見知った背中を発見したブランカは瞳をぱちぱちとまたたかせた。居ないと思ったらこんなところで何か探し物だろうか、と近寄るものの、常であれば敏いその人が振り向きもしない。「?」不思議に思いつつ脇から除き込むと頬杖をつくような体制のまま転寝をする横顔。珍しい、と思いつつまじまじと眺めやる。普段は自分よりもかなり高い位置にある整った顔が一方が座し、他方が立っているせいで今はその位置が逆転している。ブランカは小さく微笑み、改めて横顔を見つめる。「……あら、意外にまつげがながいのね」長く友人である彼についての新しい発見。
2012.06.18
[mitra]
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ふわりと立ちのぼる香りに、形よく整えられた髭を蓄えた紳士はひそりと笑みを浮かべる。「茶葉を変えられたのかな?」「はい、それは彼女が好きな銘柄で」「娘が? それは……どこのお店のかお聞きしても? 家にも買っておこうかな」その台詞に紳士の向かいにテーブルを挟んで腰掛けた女性が笑みを浮かべる。それはあちらの通りの、と口を開きかけた所で、室外の方から聞き慣れた足音。その音に目を見合わせた二人は「おや、残念時間切れだ」「ではまた今度」と笑みを交わす。
2012.06.16
[mitra]
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不意に鼻先を掠めた香りに気をひかれて、そちらへ視線を向ける。そこにはいつもその香りを纏っている女性……ではなく、彼女が良く組んで仕事をしている青年の姿。おや、と思いながら自然な動作で視線を外す。元々仲が良いのは知っていたけれど。なるほどねぇと内心で呟いて、小さく微笑んだ。
2012.06.15
[mitra]