act03-01

 キリの住居(フラット)を後にした世威と久希、常葉の三人が自分たちの住まいに帰り着いた時には、先に帰宅していた斗波や志波、凪が居間にある普段は食卓として使用しているすこし大きめの木製の机の上に、地図を広げ航路などを相談していた。帰宅したばかりの三人は、その様子をぽかんと見つめたあと、互いの顔を見合わせてそれぞれが表情を引き締めた後帰宅の挨拶と共に居間に足を踏み入れた。
 三人の帰宅の挨拶に対して、志波だけが律儀に顔を上げ笑顔と共に返事を返したものの、斗波と凪は地図を眺めるのに忙しいのか、顔を上げることも無く簡潔におかえりと言葉を発しただけである。しかし、そんなことは慣れっ子なのか久希と常葉は特に構う様子も無く、斗波たちが熱心に覗き込んでいる地図を、凪の背後から覗き込む。久希と常葉に倣って世威も地図を覗き込んでみるものの、そこには見たこともないような記号や数字が書き込まれていた。
「……前に、志波に見せてもらった地図とは違う気がする……」
 ぽつりと洩らした声に、久希がちらと世威を振り向きにやりと笑う。
「そりゃ、世威が見たのは世界地図だろ、これはもちっと専門的な職業用だからな」
「職業用……」
「空を飛ぶための地図ってこと」
「あぁ、なるほど」
 ぼそぼそと小声で話す世威と久希に、それまで二人のほうを見向きもしなかった斗波と凪が同時に顔を上げて、二人の方を見遣る。
「会話してる間があるんなら、機体整備でもしてな」
 声までそろえて同じ台詞を吐き出した斗波と凪の様子に、世威と久希、常葉の三人はお互いに顔を見合わせてこそりと笑いあう。そして、志波にだけ視線で合図を送り、そのままそろりと居間を抜け出した。そのまま再び住居から抜け出した三人は、背中で玄関の音が閉まるのを聞いてから同時に噴出し、笑い声をあげる。
「すごい、息ぴったりじゃん、あの二人!」
 耐え切れないと言った様子でげらげらと笑う世威に、久希と常葉がうんうんと頷いて賛同の意を表す。
「何時もは凪が母さんに殴られるばっかりだけど、ああいう時だけは何でか一番気が合うんだよなー」
「お頭も、凪も航空士だからかなぁ」
 久希と常葉の言葉に、ぴたりと笑いを止めた世威が目を丸くして二人を凝視する。
「お頭はわかるけど、凪も航空士なの?」
 世威の言葉に、久希がひょいと肩を竦めて意外だろ、と笑う。
「あれで、風を読むのは母さんの次に上手いんだ」
「へぇ」
「母さんには、風を読むのが得意な『獣』がついてるんだけど、そいつと同じ眷属の『獣』が凪にもついてるんだ……二人が航空士なのは、それもおっきいんだけど」
 たしかに、それは意外だななどと呟きながら感心した様子を見せる世威の肩をポンと1つ叩いて、久希はとある方へ向かって歩き出す。常葉もそれに倣い歩き始めたので、世威もそちらへと向かう。
小型飛空挺(フライヤー)が目的地まで向かう間、休み無しで活動するのは主に航空士なんだ。戦闘でもありゃ、俺たちも働くんだけどな」
 歩きながら久希が話し出す。
「自動操縦装置も付いてるけど、計器を確認したり天候を読んだりしなきゃならないから、飛び立ったら母さんと凪は常に交代でどっちかが起きて航路を見てる。そんで、常葉が料理係」
「常葉が?」
「味は保障するぜ」
「……そういう心配してるんじゃなくて!」
 慌てた様子で久希に反論する世威に、常葉がわかってるよーと笑う。
「一回飛び立っちまえば、空の上でちょっと食料を調達するってわけにも行かないからな、作るのは交代でも食料の管理は常葉が一括でするんだ」
「なるほど」
「でも、どうしてもって言う時は一回降りて食料買ったりするんだよ?」
 常葉がはにかみつつ、右手を顔の前あたりでひらりと降って謙遜する。
「で、俺と志波は戦闘要員だから何でも無いときは雑用係になるってわけ。掃除したり、洗濯したり、あとは――」
「あとは?」
 問い返す世威に、久希がとある建物の入り口を指差す。世威にも見覚えのあるそこは、初めてこの場所――飛空挺(エアーシップ)に降り立った時にも這入ったことがある、小型飛空挺を格納してある格納庫だった。
「機体の整備」
 入り口のパネルを久希が素早く操作すると、ウィーンという機械音と共にシャッターが開く。中には、以前見たときと同じようにいくつもの小型飛空挺がずらりと並んでいた。
「世威も、俺らと同じ雑用係だから、整備も手伝ってもらうことになると思うんだよな」
「え、僕が?」
「そ。掃除とかもだぞ」
「……おぅ」
「だから、ちょっとやってみようぜ?」
 久希が指差した先には、鈍色に光る小型飛空挺――タオベと久希たちが呼ぶ――が有った。


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