act03-02

 手馴れた様子で久希がタオベと名のついた小型飛空挺の外壁の一部に手を触れ、設置されたスイッチと思しきパネルに数字を打ち込んでいく。すると静かな機械音と共に、通用口(ハッチ)が開き、久希と常葉が小型飛空挺の内部へと入っていく。慌てて後を世威が後を追って内部に入り込んだところで、扉が閉められる。
 内部は先に乗り込んだ久希たちの手により既に照明が灯され明るくなっていた。以前に一度だけ乗ったことがあるキリの小型飛空挺(メーヴェ)が外装や内装の多くに白が使われていたのとは対照的に、タオベは金属そのものの色合いを生かした(というよりは余計な塗装を省いたというべきか)内装となっていた。所々、凹みや傷が付いているのをきょろきょろと世威が物珍しげに見回す。
「メーヴェほど美人さんじゃねぇけど、乗り心地は悪くないぜ?」
 あちらこちらへと視線を投げかけている世威に、久希が振り返って笑う。少なくとも、収容人数の数では勝ってるねと常葉がからかう様に言葉を挟む。それに対して久希が軽く常葉の額を小突く真似をし、常葉が笑いながら久希の腕をかいくぐり、そのまま1つの部屋の中へと姿を消した。その様子を、まったくと言いながら見送った久希が、世威が隣に立ち並んだのを確認して常葉が消えた部屋の方向を指差す。
「あっちが厨房。向い側が洗面所。真っ直ぐ行った突き当たりが俺らの部屋。ハシゴをあがった上に操舵室と女どもの部屋がある。動力関係はこの下だ……そっちの、物置の中に下に下りるハシゴがある」
 頷きつつ久希の説明を聞いた世威は、メーヴェを思い出して、随分違うんだなと呟く。
「うん?」
「メーヴェに乗ったときは単なる乗り物って感じだったけど、タオベは家みたいだな」
「あー、まぁ、目的が違うからな」
 久希が、右手の親指と人差し指で顎を挟むような仕草を見せながら視線を上に向けて言葉を捜す。
「メーヴェは本当に移動手段が主な目的だからな。俺たちは仕事で出るときは暫く帰れないこともあるし。そもそも、メーヴェに居住機能なんか持たせてみろ、暫く帰ってこねーぞ」
 笑いながら告げられた台詞に、世威も笑う。
「それは、雪花が怖そうだね」
「説教どころじゃすまねーぜ」
 そろって笑い声を上げたあと、久希がちょいと世威の服の袖を引く。
「厨房は常葉に任せて、俺らは動力室から見に行こう」
 入り口から移動し、洗面所の脇に備え付けられている物置と久希が表現した小部屋に入る。中には箒やブラシ、洗剤など生活雑貨が整然と並べられている。棚の1つから軍手を2双ひっぱりだした久希は1双を世威に投げて寄こす。ついで、棚に設えられた引き出しから手ごろな大きさのタオルを引っ張り出すと、一枚を自分の頭に巻き、もう一枚を世威に手渡す。そうして、二人は物置の端にあるハシゴを伝って動力室へと降りていった。
「整備は本来志波兄の仕事なんだけど、ようやく俺も手伝わせてもらえるようになったんだ」
 ハシゴを降りきった先には、大きな動力装置(エンジン)があり、室内にはオイルの匂いが充満していた。
「ま、俺はまだ下っ端だから、志波兄と母さんの最終確認がないとタオベは飛ばせないんだけどさ」
「この、でっかいのを久希と志波で管理してんの?」
「母さんと凪はぎりぎりまで航路を決めるのに忙しいからなー……俺がもっとガキの頃は殆ど志波兄が一人でやってたんだ。ま、そん時は母さんが手伝ったりしてたみてーだけど」
 軍手をはめた右手で久希が動力装置を撫でる。装置はオイルにまみれてところどころが黒ずんでいた。
「よし、んじゃ先ずコイツを磨くところからな、世威」
「へ?」
「軍手はめとけよ……っても、どっちみち真っ黒になるけどなー」
「磨くって、これを?」
「あったりまえだろ、他に何があるんだよ」
 驚きの声を上げる世威に、呆れたような表情で久希が返事を返す。ぱくぱくと口を動かすだけで二の句が告げないでいる世威にはお構い無しで、久希は一人でさっさと掃除用具を片手に、動力装置を磨き始める。
「ちゃんとぴかぴかにしてやんねーと、機嫌損ねるんだよ」
「えぇ?!」
「ほら、さっさと終わらそうぜー」
 久希の促す声に、世威もしぶしぶ掃除用具を手に取り、動力装置へと向き合った。

 調理場での掃除や道具の整頓を終えた常葉は、磨いたばかりのキッチンでお湯を沸かしお茶を入れる。久希たちの様子を伺うも、操舵室や洗面所等の方からは物音が聴こえてこない。
(動力室かな)
 世威と久希の居場所に当たりをつけた常葉は入れたてのお茶を水筒へと移し、キッチリと蓋をしてこぼれないことを確認してから水筒と落としても割れにくい樹脂製のコップを3つ片手に動力室へと足を向ける。片手に水筒とコップを持ちながら器用にハシゴを降りた常葉は無言で動力装置を磨き続ける二人の姿を見つけて、小さく微笑んだ。
「まだかかりそう?」
 常葉の声に、無心で動力装置を磨き続けていた二人はようやく手を止め顔を上げる。
「今、何時だ?」
 久希が手や顔までもオイルで黒くしながら常葉に問う。
「そろそろ日が落ちる頃かな」
「げ」
「大丈夫、今日は凪がお手伝い当番だから」
 常葉が持ってきた水筒からコップへお茶を注ぎつつ答え、久希はそっかと呟きながら汚れた手を着ていたシャツで大雑把に拭う。多少は汚れの落ちた右手で常葉からコップを受け取りつつ、久希が世威に向かって声をかける。
「続きは明日にすっか」
「……そうしてくれると、助かる」
 こちらも常葉からコップを受け取りながら心底疲れたような声を出す世威に久希と常葉が声をそろえて笑う。
「大丈夫かよ、まだナットの締め損ねが無いかとかチェックしなきゃなんねーんだぞ?」
「うぇぇ〜……まだ終わりじゃねーのか……」
「明日は筋肉痛になっちゃうね、きっと」
 常葉が世威の右腕を指差しながら、言う。世威はその言葉にため息で返事をした。
「久希たちは、便利な能力を持ってるんじゃなかったっけ?」
「あ?」
「その能力でさー、ちょいちょいとやんないの?」
「獣の力はそういう風に使うもんじゃねーの」
 世威の情け無い声に、久希がひょいと肩をすくめて反論する。
「力はさ、便利だから利用するんじゃなくて、ちゃんと使いどころを見極めないと……て、母さんが」
「なんだよ受け売りかよ」
「悪いか。つうか、守らねーと恐ろしいんだって!」
「お頭が?」
「そうそう……て、何を言わせるんだよ」
「帰ったら告げ口してやろーっと」
 あ、てめー裏切り者といいつつ久希が世威の肩にまわした腕で首を絞めるまねをする。降参降参と笑いながら世威がその腕を振り解き、お茶を飲み干したところで世威と久希は大きく伸び上がり、帰り支度を始める。
 そうして、彼らがぴかぴかに磨き上げた動力装置を唸らせて、タオベが飛び立ったのはそれから三日後のこと。


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