ワンシーン切り出しタイプの小話。
基本的に登場人物・背景等の説明ナシの不親切設計。
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タグ解説:自家創作(E・den、Freiheit)、ミトラ/ミトリア(mitra)、インドラ(endra)、トリステス/トリステスre(trsts)、その他諸々(other)、自分用メモ(memo)、診断メーカー系(zombie、7wonders、circus、future_war)、キャラ化(air_ef)
■本音を言うのは今じゃなくてもよい(ブランカさんとジークヴァルドさん)
酷い土砂降りだった。
ヘーゼルブラウンの髪をしとどに濡らし、濃紺の外套に身を包んだ女が一人、林の中の巨木の影に身を寄せる。走り回ったお陰で跳ねる鼓動と乱れる息をどうにか落ち着けようと試みるが、浅く短い呼吸は治まる気配を見せない。せめて雨音に紛れることを祈りながら、限界まで巨木に身体をくっつけ、くるりと視線で周囲を確認した。
ひとまず視界に入る範囲には追っ手の影が無いことに安堵する。気持ち体重を巨木の方へもたせかける様にしてから、女は長めの吐息をひとつ零した。
任務そのものは計画通りに進んだのだ。
ターゲットが隠し持つ情報を予定通りに入手(記憶)し、離脱する。追っ手がかかるのも計算のうち──ただひとつ、誤算があったとすれば、この大雨。雨に紛れて姿を誤魔化せるかと画策したが、結果的に逃亡に際して仲間と落ち合うのを阻まれ、追っ手の追跡を容易にしてしまった。記憶に刻んだ周辺地図と仲間と落ち合う予定だった場所を思い浮かべ、そして己の現在位置を割り出して合流しようにも雨のせいで星さえ見えず、正確な立ち位置が測れない。それでもおおよそのアタリを付けて進んだところで今に至る。
さて此処からどうすべきか──息を整えながら思考を巡らせる、落ち合うはずの仲間はさすがにもう待っていないだろうし(むしろ立ち去っていて欲しい。ずっと待っていたのでは彼女の身にも危険が及ぶ)、こうなってしまっては自力で本部へ戻らなくてはならない。このような事態は常ではないが、ままあることでもあるので然程深刻にはならず、それでも女は疲れたため息を一つ落とす。雨水を吸ったコートがずしりと重く感じられた。
ふと、今回計画では自分を待って拾っていってくれるはずであった後輩の鮮やかな赤い髪と凛とした碧眼を思い出す。
任務が当初の計画通りにすんなりと進むことは──存外多くない。むしろ今回のように何らかのハプニングで多少の変更を求められることの方が多い(とはいえ、これは自身の経験談であるので、他の人がそうだ、とはいいきれないのだけど)。それでも毎回後輩は心配し、叱ってくれる。それが彼女の可愛らしさであり美点でもあった。
(これでは、今回も叱られてしまうわね)
内心でひとり呟く。
これは、できる限り急いで帰還して怒りを鎮めてもらわなくては──と木に預けていた身を起こそうと足に力を込めるのと同時に背後に人の気配。
ひゅ、と息を飲んだ音が聞こえただろうか。
身を固くしてみるも、時遅し。どうするか、と思考を巡らす隙もなく一歩先んじた相手の左手が女の腕を掴む。そんな場合ではないのによそ事を考えていた油断か、相手がこちらより上手だったのか。歯噛みしたところでどうにもならず腕を引かれるままに身体を反転させる。
「……ジーク」
振り向いた先、視線を転じた向こうにいたのは──追っ手ではなく見知った顔。
惚けたのは一瞬で、寄せられた体を一歩後ろに引きながら腕を外そうと試みる。相手の掴む手にはそれほど力がこもっていなかったのか、拘束はするりと解けた。
「なぜ、ここに」
雨音に紛れるギリギリの音量で問いかける。
「……待てども集合場所に現れないあなたを心配したローザさんが参謀長に増援を懇願したんです──ブランカ、怪我は」
「ないわ」
「ローザさんが別ルートであなたを探しています──落ち合う場所は決めてますのでそこまで移動を……走れますか?」
「……走れる、けど」
「けど?」
女──ブランカは自身の頭を左右に振る。知り合いの顔を見たからか、それが長年の顔見知りだったからか、途端に細かく震えだした指先をきつく握る。
「すれ違いにならなくてよかった」
「……探索ルートを決定したのは参謀長ですよ──かなり賭けではありましたが」
「そう……」
話をつなぎながら握り込んだ指先をそろりと開く。まだ震えが治らない。その震えに気づいているのか否か、ジークヴァルドが音もなく手を伸べてくる。とん、と一度だけ触れて離れて行く掌を追いかけて、ブランカは相手の手を握りこんだ。お互いに手袋をしているために、体温はわからない。わからないが、確かにそこにある存在にほつりと緊張が解ける。
「ジーク」
「……はい」
「5分だけ」
「……」
どうぞ、と密やかに応える声にブランカは一歩体を寄せ、眼前の自分よりはるかな長身に身をもたせかける。自分が身につけているコートと同じく相手が纏うコートも同じようにたっぷりと水をすっており、触れる頰を湿らせた。しらずに溢れた吐息に応えるように、相手の手がゆるりと持ち上がり、するりと髪を撫でられた。そろりと目を閉じ──しばし。
「5分です」
小さく告げられる時限に、うん、と一つ頷いて身を離す。相変わらず雨はひどいが、それでも先ほどに比べると周りの景色は少し明るくなっているようだった。
「ジーク」
「……はい」
「……いいえ、やっぱりいいわ」
そうですか、と答え視線を森の方へ向ける人を見遣る。
「もどったら」
「はい?」
「いいえ、行きましょう」
2018.08.18 [mitra]