act03-07

 ようやく、タオベ――小型飛空挺(フライヤー)を何処に停め置くかが決まり、斗波が一同(とはいっても、斗波を含めタオベには6人しか乗っていないが)の顔をぐるりと見渡す。斗波は最後に世威へと視線を向けると、他より一瞬長く見つめるが、しかし何も言わずにそのまま視線を流す。
「流れを説明するよ」
 少々しわがれてはいるが、滑舌良く話す斗波の声はタオベの艇内によく透る。
「タオベは10分後に10時の方向へ移動。そこで待機する。世威と久希はタオベの停止と共に降下、行動時間は2時間。それ以上の探索は認めない。志波は何かあったときの援護要員、凪は操舵室で計器の観測。常葉は凪の手伝い」
斗波の言葉に常葉がぴくりと反応する。
「反論は認めない。アタシは甲板に出て状況を追ってる――質問は?」
 すかさず久希が視線を斗波に向ける。
「アテもなく探すのに2時間は短くねぇ?」
「アテならあるだろ」
 ちらりと斗波が視線を向けた先は世威――と言うよりは、世威がもつ“双子石”か。
「でも、アレを使ったら相手にもこちらの位置がバレるんじゃないかな」
 志波の声は少々低く穏やかだ。
「どうせ対面する為に出向くんだ、かまわない」
 斗波の声に、まぁそうだけどさ、と久希が答える。斗波が何かあったらアンタが対処しな、と久希に言いつけ、久希はそれに肩をすくめて答えた。それから久希は自分の隣に立つ常葉へちらりと視線を向ける。彼の幼馴染は顔を俯けていて、久希からはその表情をうかがい知ることはできなかったが、そこは付き合いの長さゆえ、今彼女がどんな顔をしているのか想像に難くない。バレないようにこっそり肩をすくめたつもりが、何か気配を感じたのか、常葉のぴくりと頭が上がるのを確認して久希は慌てて視線を常葉から外す。
 その一連の動きを常葉を挟んで久希とは反対側から見ていた世威が思わず小さく笑う。と、久希と常葉に同時に睨まれて、あたふたと世威は在らぬ方へと視線を逸らす。
「他に何かあるか?」
 斗波の言葉に一同は互いに視線を見交わした後、首を横に振る。その様を確認してから斗波はひとつうんと頷いて、解散を告げる。各自がそれぞれの持ち場へ向けて足を踏み出したその一瞬後。


 タオベ内に鳴り響いたのは、彼らに危険を知らせる警告音だった。


「何事?!」
 警告音を耳にした瞬間、真っ先に走り出したのは凪。操舵室へ飛び込むや否や、計器に素早く目を走らせると、探索装置(サーチシステム)が、すぐ前方に迫る一機の飛空挺の影を映し出していた。
 斗波もその姿を確認すると、素早く操縦席へと身を滑らせ、手を操縦桿へと伸ばす。隣の席では相変わらず凪が計器をじっと睨みつつ、忙しなくボタン操作を行っている。
「久希」
 志波が久希に呼びかけると、久希は黙って首を縦に振り、そのまま操舵室の出口へ向かって踵を返す。自体が飲み込めずに入口近くにぼうっと突っ立って居た世威は、慌てて身をよせ道をあける、とすれちがいざまにポンと久希が世威の肩をたたく。
「ぼうっとしてんなよ、お前も来るんだよ」
「え?」
 それ以上の説明は無いままに歩きだす久希の背をあわてて世威は追いかける。
タオベのさして長くはない廊下を抜けた先には甲板へと通じる梯子があり、久希はためらいもなくそこへ足をかけた。
「出るの?」
「出る。相手の顔を確認する。あと――ウマく行きゃ作戦は続行」
 へ? と間抜けな声を出した世威に久希は梯子を上りつつ肩ごしにちらりと振り返り、まさか中止になるとでも? と笑いかけた。
「こんなん日常茶飯事だしなー。ビビんなよ?」
「ビビってない!」
 世威の反論に久希が笑う。その背をキッと睨みつけながら世威は、ふと気づく。
「さっきの仕返しだな?」
「何が」
「僕が笑ったから」
「……察しがいいじゃないか」
 にやりと笑った久希に世威は顔をしかめるが、如何せん両手は梯子を掴むのにふさがっておりどうしようもない。ぎりぎりとしつつも黙って梯子を上りきった世威は、先に登り切った久希が空け放った甲板へと通じる通用口(ハッチ)からひょこりと顔を覗かせる。そのまま梯子を上りきり、甲板に降り立った後、とりあえず久希へ文句を言う為に開いた口は、眼前に広がる景色を目の前に言葉を失った。一面に広がるのは、どこまでも続く宵闇。そして、きらりと光る星々。一際明るいのはナヴィガトリア。
 きょろきょろと周りを見回す世威に、久希は苦笑し、頭をポントはたく。
「ンなの後でいくらでも見れるっつの」
「痛いよ!」
「アホ。先にアレだろが」
 アレと言いつつ久希が顎で指し示した先には、正体不明の飛空挺。飛空挺はそもそも安価な物ではなく。所持しているのは鳥を除いては統治局しか無い。であれば、考えなくても、向かってくるのは――。
「お前に会いに来たのかもな」
「えぇ? 僕?!」
「お前だって現にこうしてここまで来てる。お前を心配してる人かもしんねーし」
「……逆かもよ」
「ん〜……まぁなぁ……」
 言いつつニヤリと企み顔で久希が笑う。
「いずれにせよ、熱烈だな」
「……それ、意味が違うだろ」
「えぇ〜? めっちゃ美人かもしんねーだろ」
「……くっそ、絶世の美女来い!」
「アホか、来るわけねぇ〜」
 げらげら笑う2人の背後で閉めたハズの通用口が再びぱかりと開く。ぴたりと口を閉じ振り向いた2人の背後には――
「……常葉?!」
 世威が驚愕の声をあげる。久希は常葉の姿を捉えると、スイと瞳を細めて常葉を睨む。
「何しに来た」
 笑いを引っ込め真顔になった上、少々尖って聞こえる久希の声にも常葉がひるむ事は無い。
「お頭からの伝令」
「……なに」
「作戦は続行、お前たちは甲板で待機」
 常葉の言葉に久希がちらりと世威を見る。その目には自身が先ほど述べた言葉が違えなかった事に対する自慢の色が見て取れて、久希は苦笑する。
「言った通りになったな」
「だろ?」
 改めて言葉にすると久希がにやりと不適に笑う。そんな世威と久希のやり取りを、無言で見遣った常葉はどこか不機嫌そうな顔。
「……常葉?」
 世威の呼びかけに一度ふるりと首を横に振って、じゃあ私は戻るから、と抑揚なく呟いた常葉が通用口へ向けて踵を返す。さすがに放っておけなかったのか、久希がその背に向って彼女の名を呼びかけた瞬間、大きくタオベが傾いだ。

 浮遊感、風の音、久希の声、常葉の叫び、それから――
 落下する、己の体の重み。

page top / 20111113初出