act03-05

 那都をきっちり家へ送り届けた後、刀野は自分の職場であり未だ自分の上司でり那都の兄でもある悠氷が働いているはずの統治局へと足を向ける。今日の刀野の業務は那都を家へと送り届けた時点で終了であり、本来であればそのまま帰宅の途へと付くはずであったが、今の刀野の胸を占めているのは、先ほどの光のことばかりで、そのことについて彼女は自分の上司である悠氷の意見がどうしても聞きたかった。
 悠氷が居るはずの執務室の扉に向かい、二度拳を打ち付けると、中から、悠氷が誰何する声が聞こえた。
「刀野です」
 端的に名を告げた刀野は、そのまま扉の前で静止する。すると、部屋の内側からドアを開く音がした。機械仕掛けで開く扉は、僅かな機会音をさせて内側へと開く。もっとも、重厚な木目調の装飾が施されているので、一見しただけでは木製の扉かと見紛う程である。部屋の中から、廊下に佇む部下の姿を確認した悠氷は、僅かに眉をひそめ、怪訝そうな色を瞳に浮かべた。
「今日の業務は終わったんじゃなかった?」
 怪訝そうな色を携えたまま、それでも穏やかに問いかける悠氷の瞳を、刀野は真っ直ぐ見返す。
「ご報告に」
 刀野の言葉に、悠氷は首を傾げる仕草を見せる。
「報告?」
 そこで一旦、刀野は軽く深呼吸をした。ちらり、とこの上司の口を割らせるには、どういう論法が良いだろうかという思惑が頭をよぎるが、所詮、そんなものが通じる相手では無いと、思いなおす。
「那都様がお持ちの、あの石ですが……今日、光りました」
 その言葉に、ぴくりと悠氷の右手の指が僅かに震えた。だが、その仕草に気付かないまま刀野は、悠氷に向かって言葉を重ねる。
「入っても、よろしいですか?」
 そこで、扉が開け放たれたままであることに気付いた悠氷が、あぁ、と小さく頷いて、一歩身を引き道を開ける。するりと刀野が室内に滑り込み、背後でまた、僅かな機会音をさせて扉が閉じられた。

 一人で居たせいか、はたまた残業時間だからか、執務机の上にある電燈以外の室内灯は極力明かりを抑えた室内は、外の夕闇のせいもあいまって若干薄暗い。扉が閉じたのを確認してから、刀野は再度悠氷に向かい合い、口を開く。
「あの石は、どういったものなのですか?」
「双子石、と教えなかったっけ?」
「名前は、確かに伺いましたが」
「それ以上でも、それ以下でもないよ」
 答える悠氷の顔は、窓の外から入り込む光も無くなり、昼間より暗いせいで表情が読み取れない。そのことにもどかしさを覚えた刀野はしらず、眉をひそめさせ、無意識に右手をぐっと握りしめる。
「那都様に何もおっしゃらないのは、なぜです」
「……それも説明しなかったか、あの子は、どうせ覚えていない」
「しかし……」
「ねぇ、刀野」
 悠氷の声が、いつもよりか心なし冷たいと感じるのは、室内の暗さのせいかはたまた刀野の心理状態のせいか。
「君は何が知りたいの」
「私、は……」
「那都に、情が移ったのかな」
「……?」
「石の名前? 石が光る原理? おれが、単に那都に伝え忘れただけの些細な事が、血相変えてここへ戻ってくるほどの一大事なの?」
「……いえ、そういうわけでは……」
「では、なに?」
 ――ぞわり、と刀野の内心で震えが走る。
(悠氷の、触れてはいけない部分に、触れてしまった?)
 無意識でじりっと半歩後ずさりをした那都の目の前で、ゆらりと悠氷は笑う。
「好奇心旺盛なのは良い事だけど――身を滅ぼしかねないな」
 反論か、謝罪か――結局、刀野は一音も口にする事はできず、息を飲む。と、刀野のちょうど背後――悠氷から見れば刀野を挟んで正面に位置する執務机の上に置いてある通信端末がアラーム音を発する。その音が発すると同時に、悠氷は視線を刀野から外し、まっすぐ机へと向う。通信端末の画面を見て一瞬険しい表情を見せた後、ふ、と目を細め、悠氷はその端末を胸ポケットへとねじ込む。ちょうど男性の手のひらくらいの大きさのそれは、画面に簡易的な地図を表示させる事も可能な代物だ。そして、そのまま状況を把握できずに突っ立ったままの刀野には目もくれず部屋を出ようとする悠氷の背中に、ハッと我に返った刀野が声を張り上げる。
「悠氷、どちらへ?!」
「――答える義理はない」
 刀野を振り切るように、追掛けようとした彼女の眼前でぴしゃりと閉じられた扉に、小さく(そして行儀悪く)舌打ちを一つ打ったあと、刀野はどん、と握った拳で扉を叩く。
(アラームが鳴ったと言う事は……侵入)
 だが、侵入者があればこの統治局全体がけたたましいほどのアラーム音に包まれる。
(ということは、あれは悠氷が自分用に仕掛けたセンサに「何か」が引っかかったということだ)
 しかし、と刀野は扉に打ち付けたままの拳をギリとさらにキツく握りしめながら考える。しかし、なぜセンサなど。何のために、どういう目的で?
(考えたところでわかるわけがない)
 ならば、追いかけて確か笑めるだけだ。刀野は、顔を上げると忌々しくも行く手を阻む扉をキッとひと睨みして扉を開くための操作パネルへ手を伸ばした。


page top / 20110818初出