act03-04

 斗波に操舵室へ呼ばれた世威は、今回の騒動の発端となった蒼い石を、ガラス製の小皿に乗せ、テーブルの上に広げられた地図の上に置き、以前キリに教わったとおりに水を少量垂らしてみせた。ぽつりと水滴が落ちる間、然程広くない操舵室に集まったタオベの面々はじっと息をひそめてその様を見守った。
 水滴が音も無く石の上に落ちると、間もなく石が淡い光を帯びる。その光はやがて一筋の線となり、一つの方向を指し示す。光が指し示す方向と、地図とを照らし合わせた斗波が、険しい眼差しで石を見つめる。やがて、光はすぅと消えゆき、石はただの蒼い石へと戻る。
「間違いないね」
 斗波の言葉に凪が頷き、小さくため息を洩らす。
「統治局方向へまっしぐらだな」
 斗波と凪の、思いの外厳しい表情を目の当たりにした世威が表情を堅くし、2人の顔を交互に見遣る。何か声をかけようかと口を開いた世威の背中を、志波がぽんとたたき小さく首を左右にふった。すでに、斗波と凪は航路のことで細かい計画を練り始めており、世威が口を挟めるような状況ではなかったのだ。
 そのまま、志波が世威や久希、常葉を促してたので、4人は操舵室を後にする。
「すごいな、ソレ。どういう仕組みになってるんだ?」
 操舵室を後にした4人は、狭いハシゴを一列になって降り、厨房の脇に備えられた食堂――といっても、タオベのメンバーと世威がぎりぎり入りきれるかという広さしかない――へと移動する。食堂へと足を踏み入れた、志波が世威を振り返りつつ尋ねる。
「ごめん、僕も詳しいことはわからないんだ……キリが詳しそうだったけど」
「キリが言うには、機械仕掛けらしいぞ、梁の」
「こんな小型で機械?」
 すごいな、と感心しつつ、志波は食堂内で一番大きな面積を占めている食卓へ近づき、椅子を引いて腰掛ける。
「対になる石があって、呼応して互いの位置がわかるんだと」
 久希が、世威の代わりに志波へキリから教わった内容を伝える。
「なるほど……」
 世威と久希も思い思いの位置に座り、常葉は隣の厨房へと入っていった。カチャリと食器の触れ合う音がして、常葉が厨房で何かの準備を始めたらしいことが窺える。
「てことは、この先はあんまりソレ使わないほうがいいな」
 志波の言葉に、え? と世威が驚きの声を上げる。
「こっちから相手の位置がわかるってことは、相手からもこっちの位置がわかるってことだろう? 同じ仕組みで発動するなら」
「あ」
 世威が目を丸くして、動きを止める。
「世威が持ってる石の対になるものを持ってるって事は、確かに世威を知ってる可能性が大きいけれど、世威には記憶が無い、向こうは、まぁたぶん普通にあると思ったほうがいいだろうね」
「敵か、味方かわかんねぇって?」
 志波の言葉に久希が反応する。そのとおり、と志波が頷く。
「わざわざこちらの動向を知らせてやるべき相手かどうかがわからないうちは、なるべく使わないほうがいいね」
「でも、こっちが使わなくても相手が使えば、どのみち同じことだろ?」
「まぁね」
 久希の言葉に志波が苦笑して肩を竦める。
「それでも、こちらからの回数は減らすにこしたことはないよ」
 まぁ、それもそっかと世威と久希が納得したところで、常葉が厨房から戻ってくる。手にはトレイを持ち、トレイには茶器が乗せられている。食堂内に、香ばしい茶の香りが広がる。常葉が差し出す湯飲みを受け取ろうと、立ち上がり手を差し伸べた世威の視界の隅に、食堂の窓の外に広がる景色が映る。それは、以前メーヴェに乗った時に見た景色にとよく似た、一面に広がる雲の海。
 湯飲みを受け取りつつも、視線を窓の方向から動かさない世威の様子に、志波は噴出し、常葉はつられて一緒に窓のほうへと視線を向ける。久希が、見とれるか茶を飲むかどっちかにしろよと軽く世威を小突いたところで、世威はハっ、と我に返り湯飲みを一旦食卓へと置くと窓のほうへと歩み寄る。タオベが飛空挺(エアーシップ)を飛び立ったのは、早朝だったがいまはもう夕暮れと呼ぶに相応しい時間。雲の海の上には朱色に輝く太陽があり、雲の色さえ橙に染め上げる様に世威は目を細めた。幼子のようにぺたりと窓に張り付くようにして外を眺める世威に、空を飛ぶことも今飛んでるような景色を見ることにも慣れてしまった3人は、そんな世威の様子をこそ珍しそうに眺めた。
「そんな、へばりつくほど珍しいモンでもないだろうが」
 呆れと笑いを滲ませた久希の声にも世威は目線を窓の外から外すことは無い。やれやれと、肩を竦めて久希は常葉から受け取った湯飲みに口をつける。常葉が空いた席に腰をかけ、志波と雑談を始めて暫くしてからようやく世威が窓辺から離れる。
「気が済んだかよ?」
 すっかり冷めてしまった茶をようやく口に含んだ世威に久希が声をかける。こくりと頷く世威に頬を緩ませて志波が、
「朝焼け時も綺麗な景色が見えるんだよ」
 と声をかけた。
「ホント?!」
 その様子に常葉と志波が笑い、久希が呆れた視線を世威に向けてくる。
「……なんだよ」
 そんな三人の様子に、世威がふて腐れた表情を見せる。
「このまま飛んで、何事も無ければ朝焼けもちゃんと拝めるからさ」
 世威のふて腐れた表情には特に何も返さず、志波が穏やかに笑いながら世威に言う。ま、早起きできなきゃ意味無いけどなという志波の台詞に、湯飲みを空にした世威が頷き、テーブルの上に湯飲みを置く。かたりという乾いた音が食堂に落ちた。


page top / 20110414初出