act02-09

 雪花が退出した後に残された三人の間にはしばし沈黙を保ったが、不意に久希がそれを破る。
「で、結局行ってもいいのか?」
 キリは、少しの躊躇を見せた後、しかたないなと頷いてみせる。
「いいよ……ただし、絶対にいざこざは起こさないように」
「約束する」
 すかさず答えた久希に、キリがどうだかねぇと半信半疑の声を洩らす。それに対して久希が抗議の声をあげ、世威が笑い声をたてる。
「いつも問題起こしてんのは凪! 俺じゃないよ」
「凪はなー、ちょっと調子に乗りすぎるんだよな」
 久希の言葉にキリも請け合い、世威はますます笑いを止められなくなる。
「二人とも酷いなー」
「そうやって笑ってるお前も同罪だろ」
 笑いながら言い募る世威に、隣に腰掛けたままの状態で久希が軽く小突くまねをする。それを受け流しながら、世威がようやく笑いをおさめる。世威は、ポケットの中に石を再びしまい、久希はソファにきちんと座りなおす。
「それで、二人はどうやって統治局まで行くつもりなんだ? タオベは使わないんだろ?」
「それなんだけど、どっか適当なところで下に降ろしてくれれば、あとはのんびり歩いて行こうかと思ってる」
 久希の言葉に、キリが驚いた表情を見せる。
「歩いて?」
「折角だから、世威にも色々見せてやろうかと思ってさ……世威の番号(コード)は生きてんのかな?」
「生きてたら、とっくに身元は割れてると思うな」
 だよなぁと久希が呟き、上を向く。世威が番号(コード)って? と久希のわき腹をつつく。
「番号っていうのは……統治局が管理してる、共和国の人間を管理する識別番号みたいなもんだよ。その番号をもっていれば、共和国ではレベルの差はあっても、一応の生活が保障される……といわれてる」
「へぇ」
「ただ、底辺の生活が本当に保障されてるかって言われりゃー……疑問が残るけど」
「久希」
 キリが咎めるような口調で久希の名を呼ぶ。
「ま、それは見てからのお楽しみってね」
 キリの声音に、ひょいと肩を竦めて世威のほうとちらりと見遣ってから久希は、両手の平を頭の後ろで組み合わせてソファの背もたれに深く寄りかかる。
「じゃあ、俺の分と世威の分の番号を作ってもらって……なぁ、キリ。スラムのどこらへんで世威は保護されたんだっけ?」
「O37区」
「じゃ、先ずはそこからかなー」
 他に何か希望があればそっちを優先するけど、と久希に投げかけられるも、世威にはまるで思い浮かぶものが無かった。それでも、何か無いかと思いめぐらせて、ふとポケットの中に、石と共にしまいこんだプレートを思い出す。
「2G59」
 ぽつりと洩らした言葉に久希が世威のほうへ顔を向ける。
「あ?」
「プレートに、書いてある数字」
「あー、2層のG59区か」
「2層?」
「共和国は、こう……年輪みたいな感じで街が形成されてるんだ。中心が統治局を含む中央区、そこから外に向かって1層から4層まで。一番外側がゼロ地区で、ゼロ地区の北端が暁、南端が湮。暁と湮でちょうどゼロ地区を二分する形になってる」
 へぇ、と世威が小さく呟く。
「ゼロ地区よりさらに外側は、アウトって呼ばれてるけど、実際はゼロ地区との境界なんてわかんないからそこらへんは曖昧だな」
「だから実際はアウトを通っていけばゼロ地区を一週することもできるよ」
「そんなのやるのは相当な物好きだけだけどな」
 キリが口を挟み、久希がそれに付け加える。
「じゃあ、下まではメーヴェで雪花に送らせようか」
 キリの提案に、世威は笑顔を見せ久希は表情を固める。
「メーヴェ! また乗れるのか?!」
「……キリ、それは……」
「遠慮しなくても良い。あれなら足も速いし」
「メーヴェよりも最適な小型飛空挺(フライヤー)がある」
 キリの台詞に続いて突然割って入った声に、世威と久希はびくりと肩を揺らし振り向いた。部屋の入り口にはいつの間にか雪花が戻ってきていて、開いた扉にもたれるように立っていた。ちょうど、扉を背に座る格好となっている二人には部屋にいつの間にか戻ってきた雪花が認識できておらず、一方のキリは扉と向かい合う形で座っていたので、扉のほうへと目を向けて、少し笑う。
「最適なのがあるって?」
 のんびり問いかけるキリに、雪花は返事をせず自分の背後を振り返った。世威は、そのとき隣に座る久希が強張るのを肌で感じ、世威もまた言葉を失った。雪花が振り返ったほうから顔を覗かせたのは、
「やぁ、斗波じゃないか。志波も凪も、常葉までどうしたんだ?」
 固まる世威と久希のようすには気づいて無いのか、キリは穏やかな笑みを浮かべた。
「お頭?!」
 驚いて、斗波の方へ目線を向けたまま世威はソファから腰を浮かせる。一方の久希は世威よりも立ち直りが早かったのか、キッとキリへと鋭い視線を向けて酷ぇと呟いた。少年ふたりが思わぬ来訪者に対応を戸惑ううちに、斗波たちは部屋へと足を踏み入れ、雪花は相変わらず感情の読めない表情のまま、なにごとも無かったかのようにまた窓際の執務机へと向かう。
「え、なんで……?」
 訳がわからないまま呟いた世威の様子にじろりと一瞥をくれた斗波は、それに答える前に久希の頭を握った拳でごつりと一度殴る。その重たげな音に顔をしかめた世威は、キリへと視線を向ける。キリは、ちょと申し訳なさそうに顔の前で右手を拝むように掲げて見せて、斗波にそんなに怒らなくても、と笑いかけた。キリの言葉に、斗波はすみませんと小さく頭を下げ、殴られた頭を抱えて蹲る久希の襟首を掴んで立たせる。
「どういうつもりだい、王に迷惑をかけて」
「痛ぇな……迷惑じゃなくて相談してたんだよ」
 にらみ合う親子の間に、キリがまぁまぁと割って入って仲裁をする。久希は割って入ってきたキリへちらと視線を投げかけたあと、拗ねたようにぷいと視線をそらせた。
「久希、ごめんって」
「なんだよ、俺らを騙したのかよ」
 いや、そういうつもりじゃなかったんだけどさと困ったように笑うキリは参ったなぁとため息を零した。


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