act02-06

 何時もより豪勢だった食事に満腹になり、そのあとは何時ものように志波と斗波と凪が本格的に飲み始めた時点で(とはいっても、この時点で凪は既にろれつが怪しかったが)、世威をはじめ、未成年三人は居間を退出する。空いた食器を台所へ運び、準備をサボった代わりに食器を洗い始めた常葉を台所へ残し、世威と久希は自室へと足を向けた。室内へ入り薄暗い部屋に灯りを点し、世威は二段ベッドの下段――世威が普段使用している場所である――に腰掛ける。久希が扉を閉め、世威と向かい合わせになるように床に座り込んだ。
「そんで、どうすんだ? 迷子君は」
「……もう、迷子ネタはいいよ」
 久希の言葉に、世威が小さく笑う。世威はそのまま体を後ろに倒し、ベッドの上に上半身を横たえた。見上げた先には、二段ベッドの上段の底が見えている。この一年の間にすっかり見慣れたものだ。視線を上に向けたまま世威は口を開いた。
「行ってみようかと思うんだ」
「あ?」
 久希が世威の言葉に反応を示す。
「あの、光が射したほうへ」
「……」
 世威はそのまましばらく久希の反応を待ったが、久希が黙ったままなのを不審に思い身を起こすと、久希は床に胡坐をかき、膝を台代わりにして頬杖を付いたまま、難しい顔をしていた。
「久希?」
「何だよ」
「何で黙ってんだよ」
 世威の疑問に、久希はちらりと視線をよこして、それから一度大きくため息をついた。
「光が射した方向」
「うん」
「お前は、知らないかもしんねーけど」
 いかにも何かありますといった風の久希の口ぶりに、世威はそういえば、と光が射したほうを確かめた時の久希と常葉の様子を思い起こしてみる。確かに、自分には心当たりが無かったが二人には何か思い当たる節があるようだった、と思い至ってベッドに腰掛けたまま身を乗り出す。
「久希は知ってるのか?」
「共和国の中央――統治局がある方向だ」
 重々しい雰囲気で告げられた久希の言葉にも、世威はぱちりと瞬きを1つしただけだった。その様子を見た久希は再度ため息をつく。そんな久希の態度に、世威は少し拗ねたような表情を見せる。
「……解るように説明しろよ」
「志波の授業では」
「まだ聞いたこと無い」
 ふぅん、と言ったあと、頬杖をやめた左手をそのまま後頭部あたりに持っていった久希は自分の後頭部あたりを少しかき回す。その拍子に髪の毛が何束か寝癖のようにピンとはねた。
「出来れば係わり合いになりたくねー場所なんだ。俺たちとは相性が悪い」
「統治局ってトコが?」
「そう。寄らず触らず、を保ってる」
 統治局、と久希が呼んだ場所を世威は憶えていなかったし、志波の『授業』でもいまだ聞いたことはなかったが、久希の様子から斎の民としては関わり合いになりたくない場所なのだという事はよくわかった。
「じゃあ、僕一人で……」
「アホか」
 世威としては一応気を使ったツモリであった台詞を、最後まで聞かず久希はさえぎる。
「お前一人でなんてたどり着けるわけないだろ、地理も怪しいのに」
「う……」
 悔しいが久希のいう事は反論の余地も無いほど事実であったので、世威は黙り込む。
「俺も一緒に行く」
「久希」
「母さんたちには……黙っとくか……タオベで行ってもいいんだけど目だつし、鳥が関わってると思われても厄介だからな」
「久希」
 既に計画を練り始めたらしい久希に世威が声をかける。
「何だよ」
「……いや、その……大丈夫、なのか?」
「は?」
「迷惑とか……」
「アホか」
 二度目のアホ呼ばわりに、流石の世威も顔が引き攣る。
「……」
「迷子の癖に遠慮してんじゃねーよ」
「迷子は関係ないだろっ」
 思わず大きな声になった世威の口を慌てて久希が塞ぐ。
「声がでけぇよ」
 は、となって口をつぐんだ世威の耳に、居間の方からはいまだ飲んでいるらしい斗波たちの笑い声が聞こえてくる。どうやら今の世威の声も斗波たち自身の笑い声にかき消されて聴こえては居ないらしいと知って、二人同時に安堵のため息をつく。
「俺ら二人なら大して目だたねーし、統治局なら近くまで行った事あるんだ、前に仕事で」
「そうなのか?」
 こくり、と久希が頷いた。
「でも、まぁ一応キリにだけは言っておいたほうがいいだろうな」
「止められたりは」
「しないよ、あの人は。どっちかって言うと……」
「言うと?」
「一緒に行くって言われた時にどう断るかが問題。別に一緒に行くのはかまわねーけど、その後の雪花の反応が怖ぇ」
 久希の台詞に、世威が噴出す。ばっか、お前笑い事じゃねぇよ、お前も断り方を考えておけよと久希がぼやくのでますます世威は笑ってしまう。そうこうしてる内に、皿洗いを終えたらしい常葉が部屋の扉をノックし顔を覗かせる。
「……なに、笑ってるの?」
 盆に三人分のお茶を乗せて部屋を覗き込んだ常葉は、世威がげらげらと笑っているのを不思議そうに眺めたあと、憮然とした顔をしている幼馴染に声をかけるが、久希の答えは知らねーよというそっけないものだった。

 その夜、どうやら深夜まで続いたらしい斗波たち(主に凪)の騒ぐ声に紛れて世威と久希も遅くまでぼそぼそと打合せをしてはみたものの、キリがもし同行したいと言った場合、如何にして煙に巻くかという妙案は浮かばないまま就寝したのだった。


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