act02-03

「多分、常葉の中の誰かも知ってると思うけど」
 そう前置きをしたキリは世威の掌から石をつまみあげる。常葉はそっと静かに意識を集中して、体内の獣に問いかけてみた。是、という響きが胸に落ちる。
「双子石っていうんだ……懐かしいなぁ」
 雪花はそんな主の様子をさしたる感慨もなく見上げた後、私は知らない、と目を逸らす。
「双子石……」
 キリが呟いた名前を世威が反復する。
「二つで一対になるから、双子石って当時は呼ばれてた」
「当時って?」
「オレがまだガキだったころ……随分前」
 キリが子供の頃……と目の前の青年が子供だったころなど想像も付かない久希と常葉が複雑そうな顔を見せるが、世威はそれどころではなくキリの顔を食い入るように見つめていた。
「一対ってどういうこと」
 キリは何故か面白いことがあったかのような笑顔である。
「それ、迷子防止に開発された小型の機械なんだ」
「……へ?」
 会話の流れが読めず、キリが言うところの双子石と迷子防止用の機械という言葉がうまく結びつかず世威が間抜けな声を発する。
「迷子?」
 どういうこと、と久希と常葉も首を傾げる。
「昔、梁って言う国があって、そこのある人物が開発したんだけど。自分の子供がそりゃー腕白でね。すーぐどっかいっちゃうってんで考え付いたんだ。一個を子供に持たせる、もう一個は自分が持つ。対になった機械同士は互いに信号を送りあうことができて、対の石があるほうに対して光の信号が出る仕組み」
 双子石なんて名前つけたら梁の国では恋人への贈り物になんていう触れ込みで随分出回ったらしいけど、と笑いながら言うキリに世威は立ち上がって詰め寄った。
「じゃあ、それにも対になる石があるってこと?」
「あるよ」
 石を再び世威の手に返しながらキリが目を細める。
「知りたい?」
 問われて世威は、僅かに躊躇った。正直に言うと、なくした記憶を無理に取り戻したいとは思ってはいなかった。キリや凪が色々手を尽くして身元を探ってくれているのは知っている。知っているが、見付かっていないことも聞いていたし、今の生活にそれほどの不自由を感じているわけではない。記憶が無いのだから以前の暮らしと比較しようがないにせよ、毎日の生活は楽しかった。
(でも……)
 失ったものへの手がかりになるかもしれない、という思いに世威は揺らいだ。
 掌に戻された石を見つめ、黙り込む世威をキリはじっと待っている。世威が立ち上がったのに合わせて、久希と常葉も立ち上がり、世威のほうを静かに見守った。
「世威」
 控えめな声音で常葉が世威に声をかけるのを、久希が片手で制する。
「ヘンな気、まわすなよ、世威」
 久希の言葉に、世威の石を乗せたままの左手がぴくりと反応する。
「自分の身元が知りたいと思うのは当然だろ、俺らに気ぃ使って知りたくないとか答えたらぶん殴るからな」
 此方を真っ直ぐ見る久希の視線を、世威も真っ直ぐ見返す。気を使ったわけではなかったが、この一年一番身近に居てくれた二人の前で、過去に執着するようなそぶりを見せるのは、何となく気が引けて――この一年がまるで自分にとっては良いものではなかったと思われるのではないかと心配して、揺らいだのを見透かされたことにびっくりし、世威は小さく苦笑いを零した。開いたままだった掌を、石ごと握りしめる。
「知りたい」
 世威は、短く答えた。キリはうん、と一度頷き、それ、と指差す。指された掌に握った石を、世威はもう一度掌を開き覗き見る。
「水にぬらしてみな」
「水?」
「そう。もともと、凄く単純な作りなんだ。だから作動させるのも簡単」
 水、水とあたりをキョロキョロ見渡す世威に、常葉が自分たちの荷物の中から水筒を取り出す。お昼のお弁当と共に斗波が持たせてくれたもので、僅かにたぷんと水音がしてまだ中に水が入っていることを知らせた。水筒を受け取った世威は、掌に乗せた石に水筒をひっくり返して水をかける。残っていた水量はコップ一杯にも満たない量ではあったが、世威の掌を湿らせるには十分だった。
 息を詰めて、世威と久希、常葉が世威の左の掌を、そこに乗った石を見つめる。
 しばらくなにごとも起こらず、戸惑うようにちらりと世威がキリを見上げるが、キリは何も言わない。雪花はそんなキリと世威を見比べて、小さく肩を竦めた。
 と、その瞬間。

 仄かに石が光を放ち、それから一筋真っ直ぐとある方向を示した。

「キリ、これ……」
「その光が射すほうに、対になる石がある」
 キリの言葉につられるように、光が指し示す方向を世威は見遣る。
「10時の方向だな」
 世威と同じく光の方向を見ていた久希がぽつりと呟いた。
「……えっ?」
「あっちの方は……」
 言いかけた久希が口をつぐむ。あちらには何があるのかと世威が思考をめぐらせて見ても、残念ながら世威には皆目見当も付かなかった。が、久希と常葉はちらりとお互いの視線を交わしたところを見ると、二人にはなにか心当たりがあるのかもしれない。
 しばらくの後、ふいに掻き消えるようにして光は消え失せた。そこで世威は周りの薄暗さにふと気付く。先ほどまで夕暮れに照らされていた広場も、今は夕闇が濃くなってきていた。
「もともと、迷子を捜すためのものだし、そんなに遠くに居る人物を探すためのものじゃないから、光の持続時間はそんなに長くないんだ」
 ちょっとすまなさそうに言うキリに首を振り、世威は濡れた手を上着でこすってから石をポケットにしまいこむ。もう一度、光が射した方向を見遣っても、そこにはもう何も無く、一先ず帰ろうかと久希たちの方を振り向きかけた世威の耳に、声が聴こえた気がした。
(この石の、光差すほうに私は居る。必ず居るから――)
 目を見開いて動作を止めた世威に久希がどうした、と声をかける。それは、久希の声でも、常葉の声でもない、声。周りを見渡してもその声の持ち主らしき影は見えず、世威は左手で自身の首の後ろを撫でる。
(今の声は)
 空耳か、それとも記憶の向こうからか、
(光射すほう……って、言った)
 心配そうに此方を見遣る久希と常葉に、なんでもないと笑いかけて、世威は先ほどまで訓練で使っていた棍を拾い上げ、二人のほうへ歩き出す。キリがその背を無言で見送った。


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