カツと靴音を響かせて教室歩き回りながら教師が、朗々と教科書を読み上げていく。生徒たちの前にはそれぞれ一枚の
「この共和国の南端に湮、北端に暁と呼ばれる自治区があります。共和国の創立から在り、当時から今なお自治を許される地域です。そこから中心に向かって円をいくつか重ねるような形で街が形成されています。中央には統治局、その周りを中央局が囲み、中央局の周りには1層から4層までの居住区が外側に向かって広がります。その外側はスラムが点在するゼロ区域。先ほどの湮と暁は、立地的にはゼロ区域にあり、そのためゼロ区域は西側と東側に分断されます。湮と暁は自治を許されては居ますが、スラムをはじめ居住区のいずれの層にも無断で下りることは許されません」
流れるように読み進められる言葉の羅列を、生徒たちは思い思いの姿勢で聞きながら、プレート上を流れる文字を追いかける。室内には、20人あまりの同じような年のころの子供たちが集められ、窓側から横に5人、縦に5人が整列した席に座り、教師の講義を聴いている。前から3人目、一番窓側の席で、肩に付くかどうかという長さの茶色の僅かに緩く癖のある髪を左手でいじりながら、一人の少女がプレートの文字を追うのをやめ、窓の外へ視線を移す。その間も、教師の講義は続く。
「共和国の子供たちは、生まれると先ず、出生登録を行い、
生徒のうちの何人から反応があがる。その反応を一通り見渡した後、教師が再び言葉を紡ぐ。
「そのプレートが
再びの教師の問いかけに、また生徒の何人かから反応があがる。
「能力によってレベルは1から4、およびゼロに分けられます。ゼロが最低で4が最高値です。学舎入学以後は身分証のプレートの代わりにバーコードで全てを識別します」
窓の外をぼんやり眺めていた少女がようやく視線をプレートへ戻し、自らのうなじをそっと右手でなでた。そこには、先日入れられたばかりのバーコードがある。級友たちに聞いてみたら、バーコードを入れられた位置は各々違うようだった。
「レベルに応じて居住区も決まります。レベル1の者は1層に、2の者は2層に。学舎も、レベルに応じてそれぞれの居住区に設置されています」
教師は、そこで初めて教壇へと立ち戻り、教卓に設置されたパネルを操作する。
「大抵の場合は、能力は遺伝しますのでご両親と同じレベルとなること多く、その場合は自宅から学舎へ通えますが、稀にご両親より下、あるいは上のレベルとなることがあります。その場合には寄宿舎へ入舎しそこで暮らします。上のレベルであれば将来的に下層へ住むことは可能ですが下の者が上層へ移る事はできません。また、レベルに応じて将来もある程度決まります。例えば統治局に就職するにはレベル4が必須条件となります」
教師が言葉を切り、ぐるりと教室内を見渡したところで終業のベルが鳴り響く。そわそわし始めた教室内を見渡して、ひとつため息をつくと教師は授業の終わりを告げた。教師が教室から出たのを確認すると同時に、生徒たちもざわざわと席を立つ。窓際の少女は、一番最後に教室を出た。
どこかひんやりとした空気を感じさせる廊下を急ぐでもなくマイペースに歩く。少女は、授業道具が入った鞄の肩ヒモがずり落ちてくるのを直しながら出口へ向かった。扉を手で押し開くと、そこには一人の女性が立っていた。
くすんだ金色――黄土色に近い――の髪を肩につく位置で切りそろえ、前髪も横髪と同じ長さで揃えているその女性は、臙脂色に黒の線が入った服を纏い、すらりとした体型で顔には穏やかな笑みを携えていた。自分より優に20�儷瓩�上にあるその女性の顔を少女は見上げる。ちなみに、先日行われた身体測定では少女の身長は148�僂任△辰拭�
「那都様」
笑みを崩さないまま女性が少女の名を呼ぶ。
「いかがでしたか？ 授業初日の感想は」
穏やかな声音の問いかけに、那都、と呼ばれた少女は先ずはため息で返事を返す。
「つまんないわ。だって、あの教師いつも同じことしか言わないんだもの」
いつも、と少女が紡いだ言葉を女性は口の中で小さく反復する。僅かに目元に険しい色が浮かぶが、那都がこちらへ視線を向けたことに気付き、なにごとも無かったかのように再び笑みを浮かべる。
「
「なんでしょう？」
「お兄さまは、今日もお仕事？」
「えぇ……ですが、夕方には戻られるそうです――お祝いがありますからね」
先ほどの穏やかな笑みよりもはっきりとした笑顔で、刀野と呼ばれた女性が言う。お祝い、と那都が髪と同じ色の茶目を瞬かせる。
「那都様の、お誕生日とご入学の」
刀野の言葉を咀嚼して、ゆっくりと理解したのち満面の笑みを浮かべる。
「本当？」
「本当です。今日は、料理長もいつもよりさらに美味しい料理をご用意しますって張り切っていました」
途端に、先ほどまでのつまらなさそうな顔から上機嫌に顔を輝かせて那都が小さく跳ねた。
「ねぇ、デザートにはタルトも付けてくれるかな。フルーツ沢山の」
「後で申し付けましょう」
はしゃぐ那都の右手を取って刀野がゆるく引っ張る。
「さぁ、那都様。参りましょう」
那都の家は、学舎からは
（去年は、うさぎの大きなぬいぐるみ。その前は、
「那都様？」
突然沈黙した那都を不思議に思ってか刀野が声をかけてくる。那都は中断された考え事から意識を刀野に戻す。
「なんでもないよ」
そうですか、と刀野が繋いだ手を揺らす。那都は刀野と繋いでいない左手を、そっとうなじに触れさせた。そこには、レベル4という数字が刻まれている。那都の兄も、レベル4であった。そして今は、統治局で働いている。那都が住むのは居住区4層の中でも最も高級住宅地と呼ばれる
