act01-07

 一方、常葉に連れられた世威は格納庫を歩いていた。格納庫、といっても相当に広く少し歩いただけでは全貌を掴むには至らない。先ほどキリたちと乗ってきた小型飛空挺と似たような(だが、メーヴェとキリが呼んだ機体と同じものは1つも見当たらない)機体がずらりと並ぶ様に世威はびっくりして息を飲む。その中のひとつ、鈍色に光り、メーヴェよりも二回りほど大きくどっしりと丸みを帯びた形の小型飛空挺を指して常葉が世威を振り向いた。
「これがタオベ」
 常葉が指し示す小型飛空挺を、世威はまじまじと眺める。メーヴェがすらりとした印象ならば此方はころんとした様相である。
「コレに乗ってるから、私たちはタオベって呼ばれるの」
「小型飛空挺の名前で?」
「そう。私たちは大体どこかの集団に属してて、集団には1台ずつ小型飛空挺が与えられてるから、集団はその小型非空挺の名前で呼ばれることが多いの」
「これは、何をするためのものなんだ?」
「主に移動。君も、さっきメーヴェに乗ったでしょう? 性能とか機能に違いがあっても大よその目的は同じ」
「……あれは、びっくりしたな。なんていうか、感動した」
 世威が、先ほどの体験を思い出しながら告げた感想に、常葉がにこりと笑う。
「うん、私も始めて空を飛んだときには感動した!」
 常葉の笑顔につられるように世威も顔をほころばせる。
「なぁ、なんで皆は空の上に住んでるんだ?」
 世威の知る限り(とは言っても、失われた記憶があるので抜け落ちた記憶の中には、空に住む常識というものが存在したのかもしれないが)、空に人は住まないはずで、純粋に不思議に思ったが故の質問だった。その世威の質問に、常葉は人差し指を己の下唇に僅かに触れさせて、そうねぇと呟く。
「地上には住む場所が無かったから、かな」
「?」
「私たちは、今でこそ「鳥」って呼ばれてるけれど、元々は斎っていう一族で、ちょっと特殊な職業なのね……お金を貰って、色んな仕事をするっていうか」
「色んな仕事?」
 そう、と常葉が頷く。
「自分じゃちょとやりたくないなーっていう事とか。難しいこととか。だからあんまり人目につかない住処が必要だったの」
 常葉の説明は、抽象的で世威は小首を傾げる。ただ、彼女たちが地上に住むことを望んでいないらしいといういうことは何となく理解した。だから、空の上に居を求めたのだと。
「危ない仕事は殆どキリがやっちゃうから、私たちに回ってくるお仕事って言えば、遠くの人に荷物や手紙を運んだりする仕事ぐらいなんだけどね……あとは、普通に此処で、畑を耕したりとか、お店開いたりとか、地上と変わんないよ」
「空の上にも、畑とかがあるの?」
「空の上って言ったって、むき出しのままじゃなくて船だもの。ドーム状になってて、人口で雨がふったりするんだよ。ただ、天井から見える空の色は本物だけど」
 へぇ、と感心したように世威がため息を洩らす。世威は、常葉の話で興味がわき、格納庫の外も見たくなって格納庫の出口を見つけようとあたりを見渡すが、広くてよく分からなかった。
「……久希なんかは、キリばっかりが仕事をこなしちゃうのが、不満みたいだけどね」
 きょろきょろと彼方此方に視線を向けていたために、世威は常葉が小さく洩らした呟きを聞き逃した。え、と聞き返したと同時に、並んで立つ二人の背後から、おい、と声がかかった。
「久希」
 振り向いた常葉が、先ほどの黒髪の少年に声をかける。
「余計なこと、新入りにしゃべってんなよ」
「……余計じゃないよ。キリと久希は違うんだからね」
 うるせぇな、と不機嫌そうな声で久希が答える。
「母さんが呼んでる。戻れだと」
 用件だけ告げて踵を返し、もと来た方へ戻ろうとした久希の背中を常葉が追いかける。
「キリは、雪花が居れば死なないけど、久希は違うんだよ」
「……」
「久希や、皆が傷つくのはやだ」
 隣に追いついてきた常葉のほうをちらと一瞬眺めた後、はぁと短いため息をついて久希は常葉の頭を軽く小突く。それから、立ち止まったまま事態が飲み込めずに居る世威を手招く。常葉に此処へ連れてこられたときと同じように今度は久希と常葉、二人の後を世威はてくてくとついていく。
「とりあえず、母さんの話が終わったら一通りここら辺案内してやるからさ、ちっと我慢してろよ」
 久希が、世威へ視線を向けて言う。
「母さん……」
「あー、斗波ってさっき紹介されてただろ。あの人。タオベの船長で、仕事中はお頭って呼ばないとぶん殴られる」
「お頭?」
 そ、あの人に殴られるとすっげー痛いからお前も気をつけな、と久希が悪戯っぽい笑顔を浮かべて小声で言う。まだ少し距離はあるが、前方に斗波の姿かが見えたからだ。
「タオベは皆家族なのか?」
「同じ集団に居れば大体家族みたいなもんだろ」
 久希の言葉に、なるほど、と世威が頷きかけると、久希の向こう側から常葉が顔を覗かせる。
「血のつながりっていう意味なら、私以外が家族だよ」
「常葉」
「だって、どうせすぐ分かることだもの。私のお父さんがね、斗波の旦那さんと知り合いで、私の両親が亡くなったときに、キリが斗波に私を預けたの」
 だから、世威と似たようなもんだね、と常葉が朗らかに笑ったところで斗波がやっと戻ってきたね、と声をかけてくる。
「お頭、ごめんなさい」
 常葉が顔の前で両手をパンと合わせて斗波にすまなさそうな笑顔を見せる。しょうがない、という表情の斗波がやれやれと肩を竦め、キリが笑った。記憶がないこともさることながら、色々新しいことがありすぎて頭が混乱しそうだな、と思い世威はこっそりため息をつく。夕方には少し早い時間であったが、一先ず疲れを取る為に少し休んだほうが良いだろうとキリと斗波が提案してきたときにはホっとしたのが表情にでてしまったらしく、キリに苦笑された。案内された住居(フラット)には、先に帰宅していた志波と凪が世威の部屋を用意してくれていたらしく(とは言っても部屋数に限りがあるとかで、久希との相部屋だったが)、準備された二段ベッドの下側に倒れるようにもぐりこんだら直ぐ、意識を失うように眠りに落ちた。
 後で聞いたら、斗波と常葉が、世威を歓迎するためにいつもより豪華な食事を用意してくれたらしいのだが、部屋に呼びに来た久希が怒鳴ろうと揺すろうと目を覚まさなかったために、世威はその豪華な食事を食べ損ねたのだった。


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