act01-06

 しばらくの後、雪花に連れられて姿を現した「タオベの連中」は世威の身長とそう変わらない小柄で幾分がっしりした体躯をもつ壮年の女性を筆頭に、彼女の長男、次男、三男と少女で形成されていた。壮年の女性は、薄い茶色の髪を後頭部でひとしばりにし、少々皺の目だつ顔に髪と同じ茶色の大きな目を持ち、逞しそうだ。キリは彼女たちを世威に紹介する。
「彼女が斗波(となみ)。タオベの一番偉い人。で、向かって右から志波(しば)(なぎ)久希(ひさき)常葉(とこは)。斗波、こっちは世威だ」
 志波と凪は斗波と同じ薄い茶色の髪を持ち、三男である久希だけが髪の色が黒い。瞳の色は全員が同じ茶色をしている。凪と呼ばれた青年が兄弟の中では一番背が高く、キリより僅かに低い程度で、次いで久希と志波がほぼ同じぐらい。年のころは、キリと凪が年が近いようで二十歳前後に見受けられ、志波が幾分年上、久希と常葉が16、15歳というところ。常葉とよばれた少女は、肩につくぐらいの長さの金髪で瞳の色は世威よりも濃い青をしていた。常葉と世威が並ぶと視線がほぼ同じ高さになる。
 キリの紹介を受けて、斗波が気さくに右手を世威に差し出してくる。
「よろしく、世威」
 差し出された手を握り返しながら、世威がぺこりと頭を軽くさげる。そんな二人の様子を眺めながら、キリが斗波に問う。
「事情は雪花から聞いてる?」
 斗波は世威の右手を解放してキリに向き直る。
「おおよそは」
「そっか」
 そのまま、キリと斗波がすこし世威たちの傍から離れて何事かを打ち合わせ始める。雪花もキリに付き従うように二人のほうへ歩いていく。残された面々は、ちらとお互いの顔を見合わせてはみたものの、沈黙が落ちた。沈黙を一番初めに破ったのは、世威の目の前に立つ4人の中で一番年下である常葉であった。
「世威……は、ここは初めて、よね?」
 探るように問いかけられた言葉に、世威はそう、と頷く。
「じゃあ、少し探検しない? まだ、キリとお頭は……お話終わらないみたいだし、遠くに行かなければ久希が迎えに来るから」
 ね、と微笑みながら手招かれるのに釣られるように世威は常葉に導かれるままにその場を離れようとする。
「おい」
 久希、と呼ばれた少年が二人を呼び止めるが、常葉は軽く手を振り行ってくるから、と歩みを止めるそぶりはない。
 完全に引き止めるタイミングを失った久希の左隣から凪が笑いを含みながら呟きを落とす。
「ウチの末のお嬢さん的には、弟が出来たみたいな感覚かね?」
 凪の呟きに、志波は苦笑を返してから、
「まぁ、ウチでは常葉が一番下だしね……新入り君の面倒みてやりたいんだろうね」
 久希は、二人の言葉を聞いても特に表情を変えるでもなく、黙ったまま。先ほど自分たちを呼びに来た雪花から、世威の記憶が無いこととしばらくはタオベで預かることは聞いていたので、いうなれば、世威は自分たちにとっては新入りとなるわけだし、常葉が面倒を見ることに何らおかしいところは無いはずだと、久希は心中で呟く。すると、凪が久希の右側へ移動してきて丁度、志波と凪で久希を挟むように立ち居地を変えた。久希より背の高い凪が、久希の肩に左手をかけてにやりと笑う。
「ついていかなくていいのか? 心配じゃねぇ?」
 なにが、と問いかけることは墓穴を掘るような予感がしたので、久希はあえて沈黙を押し通す。凪と反対側に立つ志波がにこやかな顔で
「ウチの末弟は照れ屋だからね」
 とのたまったところで、久希は無言のまま腰のベルトに差した筒を取り外す。黒光りするその筒は、両の掌を広げた程の長さだが、先端についたスイッチを押すと音も無く両端から伸びてゆき、一瞬のうちに久希の身長に僅かに足りないほどの長さの棍になる。それを、伸びた勢いのまま自分の体の周りを周回させるようにひと薙ぎする。おっと、といいながら志波が体を後ろにそらして避けたのに対し、体の後方から棍を受ける形になった凪はぐえと蛙が潰れたような音をさせて前につんのめって倒れた。
 倒れた凪を、冷たく一瞥した久希は、ざまぁねーなと冷たく呟いて持った棍のスイッチを再び押すと、また音も無く両端が縮まりもとの筒へと戻っていく。それをもう一度腰のベルトに戻してから、志波に向き直る。
「それ、造ったの凪だろ」
 不機嫌さを前面に押し出して、こちらを睨む久希に穏やかな笑みで答えながら志波が言うと、眉間に皺をよせ、長いため息を吐き出した後、久希がそうだけど、と答える。
「この中に、外側よりさらに細い筒がいくつか仕込まれてて、ボタンを押せばソレが一連の棒状になる仕組み」
「自分で造った武器で自分が倒されてちゃ世話ないな」
「……志波兄もさっきまで共謀してたくせに」
 どっちの味方なんだか、と呆れたように肩を竦める久希の肩をぽんと叩いて、志波がますます笑みを深くする。
「イッテェな、こら!久希!」
 倒れた状態からガバっと身を起こし、久希を睨みつける凪に久希はふん、とそっぽを向き視線を合わせない。そんな久希の様子に憤慨した凪が、久希の服の襟元を掴もうと手を伸ばしたところで、キリと斗波、雪花が戻ってくる。ちょうど、凪は三人に背を向ける形になっていたので気付かなかったが、志波と久希は斗波の眉間に皺がよるのをはっきりと見た。そして、斗波は凪の後頭部を勢いよく張り飛ばす。
「何を騒いでるんだい。斎王の御前で」
 再び地面に倒れ伏すハメになった凪はうつ伏せのまま後頭部を両手で押さえ、呻く。
「……っ、この、馬鹿力……」
「母さん、不意打ちはちょっと……」
 志波が苦笑する。
「不意打ちにやられるようじゃ、先はないね。さっさと地上に降りな。……常葉は?」
 志波をきっ、と睨んでから斗波は世話をしている少女と先ほど預かることを決めた少年が居ないのに気付く。
「ちょっとそこら辺を案内してくるって」
 ぶっきらぼうに答えたのは久希だ。
「そうか……久希、呼んでおいで」
 母親の指示に、久希は顔をしかめる。が、先ほどの凪の件もあるので殴られてはたまらないと、無言で先ほど常葉たちが歩いていったほうへと足を向ける。久希の背中を見送りながら、キリが志波と凪を手招く。
「さっき、斗波にはお願いしたんだけど」
 二人の顔を見ながら、一度言葉を切る。
「記憶が無い世威の教育を頼む。会話とかに問題は無い様だから、生活に必要な記憶まで抜けちゃったわけじゃないみたいだけど、倭都卯のこととか、物心付いてから学ぶようなことを教えてやって」
「御意」
 志波が頷く。
「あと、凪は情報収集を。……凪の『獣』は情報網(ネットワーク)にもぐりこむの得意だろ? 世威の素性を調べてくれないか」
「了解」
「共和国の子供だから、きっとプレートを作成したときの情報がどこかに保管されてるはずなんだ」
「調べてどうするんです?」
 斗波がキリに問いかける。
「縁のある人や、帰る場所があるなら戻してやりたいからね」
「氷漬けにするような『帰る場所』なら帰らないほうがいい」
「……雪花……」
 雪花の言葉にキリががっくりとうな垂れる。が、思いなおしたように顔を上げる。
「それでも、やっぱり素性を知らないってのはきっと本人にとって不安だろうから」
 そんなキリに雪花は小首を傾げて、そういうものか、と呟いた。


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