放たれた願いの行方を知る者は(2)

 宵闇にまぎれて事を起こすのが私たちの常套手段。
 王城の一番高い位置、建物の端の部屋に、今回のターゲットは居た。窓からそっと忍び込み、叫ぶ隙も与えないよう口をふさぐ。
「…騒がないで。おとなしくしていると約束するなら、命の保証はする。」
 少女の名は羅紗。凍冴の妹。少女は意外に落ち着いた仕種で、小さく頷く。
「イイコね。」
 手を離し、にっこり笑う。
「…貴方は、だれ?」
「斎王」
「……貴方が?」
「アンタにはこれからとある場所に一緒に行ってもらうわ。事がうまく運べば数日でココへ還ってこれる。」
「…どこへ?」
「それを教えるわけには行かないの。依頼主のことは一切他言しないのがルールだから。まぁ、連れて行かれた先でアンタが見て判断すればいい」
「数日で、帰れるの」
 意外そうな声を少女が出す。その声に苦笑しながら、こたえる。
「なにも、逢った人皆殺してるわけじゃないわ、アタシだって。アンタの保身については約束する。つれて来いとしか言われてないし、無事返すまでが仕事だから」
「…そう、ヘンな仕事ね?」
「ま、そういうこともたまにはあるわ」
「…おい、のんびり話している場合じゃないだろ」
 後ろで刹那が焦れたような声を出す。
「そうね。さ、お姫様?参りましょうか?」
 すばやく取り出した布で羅紗の口をふさぐ。特別な薬液のしみこんだ其の布の香りをかいだ少女は一時的に仮死状態となって、倒れこむ。


 異変に気づいたのは夕方近くになってから。珍しく食事に降りてこない羅紗を呼びに行った侍女が血相を変えて戻ってきて初めて気がついた。
 やられた…!そうだ、よく考えれば、あの時確かに斎王は、この王城付近に居たというのに、気にもしていなかった。
「王…」
「俺の落ち度だ。…どういう目的かわからないが、恐らく誘拐だろうな。」
 そして、もし依頼主が蒋國だとしたら…
「和平交渉の席に着けということか」
「どうされます」
 儀月が深刻な面持ちで尋ねてくる。
「連絡待ちだろうな、当面は。身代金を要求されるか、それとももっと別のものを要求されるか…」
「斎王ですか」
「あの一族以外にここまで侵入して、かつ誰にも気付かれずに妹を連れていける奴が居たら教えてほしいね」
「やはり、あの一族は…」
「まさか、こんなことになるとは思いも寄らなかったが……ともかく今は羅紗の行方を探るほうが先決だろう、儀月、叉牙を呼んでこい」
 踵を返し、部屋から出て行く騎士団長の後ろ姿を確認してから、誰も居なくなった部屋で小さくため息をつく
「…くそ…っ」


 しばらくして、儀月に連れられて部屋に戻ってきた叉牙が珍しく真剣な面持ちで眼前に立つ。
「凍冴…じゃなかった、王…」
「そんなに、硬くなるなよ、叉牙。いつも通りでいい。…ちょっとひとっ走り蒋國まで行ってこないか?」
「蒋國?」
「そう、誰にも見つからないように、な。そこに羅紗がいるかどうか確かめてこい。見つけたらそのまま、何もせず帰ること、いいな?」
「…そういうときは普通連れて帰ってこい、じゃねぇの?」
 意外だという顔で叉牙が問いかけてくる。
「いや、いい。蒋國にいることがわかればいいんだ。蒋國にいるなら、羅紗は無事に帰ってくるよ。」
「…凍冴がそれでいいってんなら、従うけどサ」
「王、そんな甘い事では…」
 二人の不満そうな声には笑顔で返して。斎王はきっと蒋國との争いをなるべく円満に終わらせようとしていうんだろうと想いをめぐらす。
 だが、ただでは終わらない。羅紗を人質に、戦況では不利な状態にある蒋國との和平交渉をなるべく五分で行おうという魂胆だろうが……。
「この借りは、きっちり返すさ。そのうちにね」
 俺の言葉を耳ざとく聞き取った叉牙が
「おぉ、コワ」
とおどけるのを軽くいなして、促す。
「…叉牙、くれぐれも気をつけてな」
「俺をなめてる?へまはしねぇ。絶対だ」
 その言葉に吹き出すとふくれっつらをしてみせて、部屋から出て行く。残された儀月が
「ホントに大丈夫ですかね、叉牙は…」
 と言うのを
「大丈夫だよ、アレで結構やるときはやるだろ?」
 と返すと
「そりゃまぁそうですが…」
 と口ごもる。
 へまはしないと言った以上はやるさ、なぁ、叉牙?


 目的の場所についたころにはもうすっかり当たりは寝静まったころで。用意された一室のベッドの上にそっと少女を降ろす刹那を後ろから見遣りながら、部屋の外へ声をかける。
「約束は、必ず護りなさいよ」
「わかっている」
 短く部屋の外から聞こえてきた返答に、小さく肩をすくめる。
「何となく、焼け石に水って気もするけどな。これで、あの王サマの神経逆撫でしたんじゃなきゃいいけど?」
「どうかな。多分そんなことはないと想うけど。」
「…いつになく、弱気じゃん」
「…うるさい」
 頭上で小さく噴出す声がして、髪に手が添えられる。
「とりあえず、これで交渉の席には引っ張り出せるだろ、アイツを」
「そうね。それだけは確実だと想うわ」


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