Act10-02

 清都に進入した藍嘩たちは、以前叉牙たちが調べた情報と刹那の使役する四精たちの働きでおおよその見当をつけ、藍嘩の姉、翠明が捕らわれていると思われる建物を一路目指していた。国交を持たない清都であるから、国内に侵入した時点で相手方にはばれているだろうし、それならこそこそしてても時間をくうだけと判断した刹那と叉牙は、その身を隠すことなく歩いていく。藍嘩にとっては、懐かしい風景。
「藍嘩は王城には入ったことは?」
 さして、緊張した様子でもなくのんびりと刹那が問う。
「王城には、一般人は入れないの…遠くから眺めたことはあるよ」
「そんなもんか〜」
「じゃぁ、この辺は珍しいのか?」
 叉牙も会話に加わる。
「知らないわけじゃないけれど…詳しいわけでもない、かなぁ」
 藍嘩の返事はなんとも心もとない。暫くはあたりを伺いながら歩き、3人は王城間近まで接近する。すると、刹那が何かに耳を傾けるように立ち止まった。
「…?」
 気付いた叉牙が伺うように視線を向ける。
「…藍嘩の姉さんは、おそらくあっちの建物に居る。」
 向けられた叉牙の視線には答えず、刹那が藍嘩に話しかける。
「途中で、煩い連中の歓迎をうけるかもしんねーけど、ここを真っ直ぐ行って、左側の入り口から入るのが早い」
「なんで、ンなことがわかるんだ?」
 無視された格好の叉牙が憮然とした表情で問いかける。
「勘」
 ソレに対する答えはあっけない。
「は?!」
 素っ頓狂な声を上げる叉牙には目もくれず、刹那は二人を置いて、今自分が指示した方向とは違うほうへ足を向ける。
「何処に行くんだ?」
「野暮用。…すぐ追いつく」
「おい?!」
 呆気にとられたまま取り残される二人。
「…なんなんだよ…」
「…なにか、連絡があったのかも」
「連絡?」
「うん…斎の人たちは、何だか特殊な能力で遠くに居ても連絡がとれるみたいだから」
「…へぇ」
 刹那の立ち去った方向を、目を細めて眺めてもそこには既に影も無い。いつまでも立ち止まっているわけにも行かず、藍嘩と叉牙は歩を進める。
 一人、行動を別にした刹那は、今度は先ほどとは打って変わって気配を殺しつつ建物の中を探る。先ほど氷花から届いた伝令を元に、するりと滑り込んだ部屋の、中央にある大きな机。机上には書類が雑多に置かれている。作り付けの引き出しを上から順番に開けていく。
(…まぁ、いきなりビンゴ、とはいかねーか)
 進入の痕跡を残さぬよう、慎重に再び廊下にでる。そして、また別の部屋を目指す。
(議会のメンバーって…何人いるんだよ)
 面倒なこったという呟きは、ため息と共に空気に溶けた。

 藍嘩と叉牙は、刹那の示した建物の入り口で予想通り清都の人間に発見された。
「…なぜ、こんなところに居るのです?!」
 目の前に現れた二人を…というよりは藍嘩を見て悲痛な叫びを上げたのは、真子羅だった。
「真子羅さま」
「此処はだめです、早く逃げて」
「…いいえ。逃げません。…私、清姫を引き受けようと思うんです」
 藍嘩の言葉に真子羅は目を見張る。
「…なに、を」
「逃げても追われる、お姉ちゃんの身を危険に晒す…そんなのはいや。私だって、抵抗ぐらいできます」
 真子羅を見上げる藍嘩の視線は一直線だ。
「清姫になって…どうするの?」
「……。」
 ちらり、と真子羅は藍嘩の傍らに経つ叉牙に目を向ける。
「いづれの国の協力を得たのかは知りませんが…藍嘩、貴方に今必要なのは清姫という肩書きではなく、逃げ延びることだわ」
「もう、散々逃げました」
 首を振りながら答える。
「藍嘩…うるせーのが来る」
「え?」
 真子羅が、自身が出てきた建物の入り口を振り返る。そして、体を強張らせた。
「瀏斗…!」
 名を呼ばれた青年は、静かに佇み、視線は真子羅を通り越しぴたりと藍嘩に向けられる。
「3日以内に来たわ…お姉ちゃんは?」
「この建物の中だ」
 瀏斗は出てきたばかりの建物を指し示す。
「無事なんだろうな?」
 叉牙が問う。
「無事よ…ねぇ、藍嘩。翠明はちゃんと貴方の元へ帰すわ…だから、」
「だが、お前の命はここに置いていってもらおう」
「瀏斗!」
 瀏斗の言葉を聞いて真子羅が、瀏斗と藍嘩たちの間に割ってはいるように立つ。
「真子羅」
 咎めるような響きを含めて瀏斗が呼ぶ。
「どかないわ。やっぱり、こんなことは間違ってるのよ」
「お前は優しすぎるんだ」
「そうじゃなくて…!どうして解ってくれないの」
「…もう、決まったことだ…こいつらの侵入はもう朗も知ってる。すぐに衛兵たちも来る。そうなったら、お前一人の力では止めようも無い」
 きり、と真子羅は唇を噛む。瀏斗の背後からは、朗や甲斐、それ以外に数人が建物から出て来る。
「真子羅、下がりなさい」
 朗の呼びかけにも、真子羅は一度首を横に振っただけで動こうとはしない。
「ならば、力づくでもどかすのみだ」
 朗が、甲斐にちらりと目で合図を送る。甲斐は頷き、真子羅のほうへ足を踏み出した。
 真子羅の身体が、ぎくりと強張るがその場から動かないとい意思表示かのように、ぎゅっと両足を踏みしめる。
 ゆっくりとした動作で甲斐が一歩ずつ真子羅へ近づき、もうあと僅かで手を伸ばせば真子羅の腕を掴める距離にまで来たその瞬間。
 一陣の風がふく。
「?!」
 とっさに目を閉じた藍嘩たちが、次に目を開いた時には、甲斐の喉元にぴたりと剣の切っ先を向け挑むように立つ儀月の姿が在った。
「…団長…?」
 驚きに目を見張り、叉牙の声が掠れる。
「どうしてお前はいつも、そうやって問題ばかり巻き起こすんだかなぁ」
 加えて、背後から聞こえた声に今度は藍嘩が飛び上がる。
「凍冴さんまで…?!」
「不肖の部下の尻拭いに来てみれば…女子供に男が大勢で何をする気だ?」
 儀月が冷え冷えとした声で甲斐に問いかける。
「…誰だ、お前たち」
 甲斐の目が不快さを表して歪む。
「藍嘩の連れだ」
「ならば、我等にとっては排除すべき相手となるな」
 朗が、瀏斗を含め数人の衛兵たちに命じる。
「朗…!なんてことを!」
 儀月の背後から真子羅が叫ぶが、朗はこれを無視する。
「…凍冴…っ」
 叉牙が凍冴を振り仰ぐ。凍冴は、自分の右手を静かに見つめる。手袋に覆われたその下には、叉牙のものより数倍大きな召喚装置がある。
「儀月、殺すなよ」
「承知」
 そうして、凍冴は藍嘩と真子羅の腕を引き、自身の背に庇う。
「女の子は、傷を作っちゃまずいからね」
「凍冴さん…!でも、」
「いいから、藍嘩。…あれでも、儀月は強いんだ」
 言葉の通り、儀月は甲斐のほか衛兵を2人同時に相手にしながら攻撃をいなし、一人には右足をもう一人には右腕を叩き込み、地に伏せさせる。
「ほらね」
「…」
 朗らかに言う凍冴に、ホっと肩の力を抜いた藍嘩が小さく笑う。と、そこへ別の衛兵が走り寄って来る。それに、凍冴は自身の召喚装置は発動させることなく、まずは相手の一撃をかわし、右拳を突き出す。相手が怯むと軽く身を沈ませ、蹴り上げた。相手が気を失ったらしいことを確認して、凍冴がぐるりとあたりを見渡すと、儀月が甲斐と、叉牙が瀏斗と構え立っていた。前者は優勢なのは見て明らかだが、後者は劣勢にあるようだった。
「…叉牙は、まだちょっと鍛え方がたりないか」
 その様をみて、凍冴が呟く。
「凍冴さん」
「ん?」
 藍嘩の呼びかけに、ちらと視線を藍嘩に落とし、また叉牙のほうへ視線を戻す。いつでも補助に回れるよう。
「私、清姫になろうと思うんです」
 前を向いたまま、それでも凍冴が一瞬驚いたのが解った。
「協力します、凍冴さんに」
 凍冴が振り向く。
「…ならば、こちらも藍嘩を全面的に後押ししよう」
 ゴっと重たい音がして、甲斐が建物の壁際に投げ飛ばされる。凍冴の背後で真子羅が息を飲むが、その場から動こうとはせず、じっと踏みとどまる。さらに増援を呼ぼうと建物の中に戻ろうとした朗を儀月が取り押さえ、もみ合ううちに、今度はその建物から刹那が現れた。
「あれ、もうおっぱじめてんの」
「刹那?」
 これには儀月も凍冴も驚きの声を上げる。
「今、面白いモン見つけてきたんだ…じいさんの部屋で」
 顎で、朗の方をしゃくる。そして、ぽんと凍冴のほうへ黒い小型の機械を放る。
「…これは」
「同じモノが暁王の部屋でも発見された…なぁ、じいさん…暁王は死んだよ」
 刹那の言葉に、儀月ともみ合っていた朗の動きが止まる。
「開けてみろよ、それ」
「通信機だな」
 凍冴がするりと手袋を外し、召喚装置をあらわにする。手の甲にある赤い石が鈍く光、ついでゆるりと溶解したように右手の実体がぶれる。一瞬の後に右手が籠手のようなもので覆われる。のびるコードの数本を、通信機に差し込み、手元で操作する。壁を即席のスクリーンにみたて、そこに解析した文字列を映し出す。
 −未だ獲物は仕留められず。申し訳ありません。
 −予言が曲げられたとも知らず、愚かな連中よの。
 −議会の決定は絶対。ゆえに逆らうものはおりません
 −いずれ、お望みのままになるでしょう…
 どういうこと、と真子羅が呟いた。 


page top