Act10-01

 ほとんど休憩することなく進行した甲斐あって、藍嘩たちが清都に程近い森へと降り立ったのは、出発してから2日後のことだった。すとん、と小型飛空挺から降り立つと共に、ゆらりと飛空挺の実体がぶれて、ジジと音をさせながら消えてゆく。残像まで消え去った後には、叉牙の腕にはめ込まれていたはずの赤い石がころりと転がった。それを拾い上げ、再び右の手の甲にはめ込む。赤い石が鈍い光を纏ったのを確認したあと、叉牙は両手を伸ばし伸びをする。ごり、と関節の鳴る音がした。
 藍嘩はきょろりとあたりを見渡して、ここが清都からどのくらいの位置にあるかを推測しようとしたが、あいにくと眼前に広がる森はうっそうとした雰囲気をかもし出すのみで、位置を知らせてくれるようなものは何も見当たらなかった。
「…叉牙くん、大丈夫?」
 自分は座っていただけだったが、長時間飛空挺を操縦してきた叉牙は疲れもあるだろうと問いかけると、明るい笑顔が返される。
「オレは平気。結構乗りなれてるし…白牙も、オッケー?」
「大丈夫だよ、藍嘩が一番疲れたんじゃないの?」
 予備のイヤホンを借りてるおかげで、藍嘩にも白牙の声は直接聞こえた。
「大丈夫だよ!」
 からかい混じりの白牙の声と叉牙の視線に、頬を膨らませる。
「そういや、白牙…ここ、どこら辺だ?」
 先ほどの藍嘩が持ったのと同じ疑問を叉牙も持ったようで、白牙に問う。
「ん〜…清都の東南あたりだな…森を抜けてもいけそうだけど、迂回するならルートを転送する。」
「近いのは?」
「森を抜ける方」
「…森を抜けよう、叉牙くん」
「了解。」
 迷いの無い一歩を踏み出した叉牙の後に続こうとした藍嘩が一歩を踏み込む前にぎくりと固まる。
「…あ」
「ん?」
 小さく漏れた藍嘩の声に叉牙が振り向く。ある一点で固定された藍嘩の視線を追った叉牙も、一歩踏み出したポーズのまま動きを止める。
「げ。」
 身を強張らせた二人の視線の先、木の幹にもたれたままよぉ、とにこやかに微笑んだのは、刹那だった。
「…何しに来た」
 途端、視線を鋭くし藍嘩を背中に庇うように立ち位置を変えながら叉牙が問う。
「邪魔しに……って言ったらどうするよ?」
 にやにや笑いながら答える刹那は、相変わらず木の幹にもたれたまま体を起こす気配も無い。
「ぶっつぶす」
 叉牙の返答に、くつりと笑って肩を竦める。
「血気盛んなのはいいけど、命を落とさない程度にな?」
「なんだとぉ?!」
「安心しな。邪魔しに来たんじゃねぇよ…どっちかて言うと補助?」
「…なんだその、疑問形…」
 疑心もあらわに此方を睨む叉牙に、にっと笑って返した刹那は藍嘩に視線を投げかける。
「森を抜けるんだろ。急がないと抜けきれないぞ」


 一方、暁國内部では碧仁たちの事前の準備が功を奏したのか、計画通りに事が運んでいた。宵の空けきらぬうち、薄闇に紛れて行動を起こし、城内に進入する。従えた兵の数は城内に居るであろうと踏んだ数の凡そ三分の二。しかし、現暁王に不満を持つもの、先の暁王を未だ慕うものも少なくなく、崩壊は内側から進んだ。
 うめき声、血臭、悲鳴。いつかの日、巻き込まれ逃げ惑うだけだった自分の境遇を思い返し、できれば流れる血は少ないほうが良いと思いはすれど、
「若、あの扉」
 碧仁と行動を共にしていたキリが呼ぶ。氷花とユウリは別方向から城内に侵入しているはずだった。沙季には、城内の武器を持たず戦う意思の無いものを逃がす手筈を命じてある。キリは、今このときだけ碧仁の護衛の役を演じていた。
 忍び寄る扉の先には恐らく、碧仁の仇となる人物が居るはずだった。
 躊躇いは一瞬。
 開け放つ扉の向こうは王の寝室で。騒ぎをすでに聞きつけたであろう暁王が寝台の脇に佇んでいた。室内をぐるり見渡してみるが、そこには一人きり。
「王妃と、皇女はすでに逃がしたか。」
 備えた棍を構え、碧仁が問う。
「いくら薄闇にまぎれようと、この騒ぎでは気付かないわけにはいかない」
 ふ、と笑みを刷く暁王の顔を眺める碧仁の視線は凪いでいて、心のうちを探ることは叶わない。キリは、身のうちに宿る獣にいかなる事態にも対処できるよう改めて命じるが、対峙した二人はぴくりとも動かない。
「随分と、おおきくなられましたな」
「お前は変わらない…あの頃と」
「暁の民は寿命が長いゆえ。成人すれば年をとるのも緩やかですから」
「なぜ、とは問わない」
 すい、と棍の先を暁王にむける。
「賢王であれば、戻るつもりも無かったものを」
「いつも兄の影に潜むしかなかった心など、貴方は知らなくてもいい。…碧仁」
 それが、暁王の最後の言葉となる。


 暁王が逃がした王妃と皇女は、しかし逃げおおせることはできず、王妃はその場で極刑に処され、皇女は牢へと投獄された。踏み荒らされた城内を見渡し、自陣のけが人の様子を見て回る碧仁の元に、少女が現れる。藍嘩が沙季と話しているときに沙季を呼びに来た少女だ。
「若…隊長が」
「沙季?」
「向こうで…斎王も一緒に」
 暁王を崇拝していた残党が現れたかと、表情を引き締め少女が示す部屋に向かう。
「なにごとだ?」
「若。これを」
 沙季が差し出したのは、掌におさまるほどの大きさしかない機械。
「これは?」
「通信を行うための機械のようです」
 答えたのは、氷花の傍に控えるユウリだった。
「通信?」
「相手は限定できてないけれど…あまり楽しい話題じゃないわ…察するに、相手は清都にいる」
 話のながれがつかめず、きょとんと問い返す碧仁に氷花が答える。
「清都に?なぜ…」
「暁王は、分をわきまえず清都への侵攻ももくろんでいたようです…恐らくは、あちら側に内偵がいるものと」
 ユウリの言葉に、碧仁が息を飲む。
「いま、ウチのに連絡をとってる。…絶対につきとめてやるわ」


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