Act09-05

 夜明けと共に、ユウリにたたき起こされた氷花はここ数日ではダントツに機嫌が悪かった。それを察したのか、いつもならとりなす様に明るい話題を振ってくるキリも刹那も押し黙ったまま。
「つまり、朝起きてみたら叉牙と藍嘩が居なくなってて、行方が知れないってこと?」
「そうなるな…」
 ぎろり、と音がするのではないかと思うほど睨めつけられた先にいるのは、梁王である凍冴。
「監督不行き届きだ、面目ない」
 並び立つ儀月が頭を下げる。ちらりと目の端でその様を捉え再び視線を凍冴に戻すと、冷ややかな声のまま氷花がたずねる。
「行き先は」
 答えたのは儀月。
「国に確認をとったが、叉牙の弟も…朝から連絡が取れなくなっている。ついでに、拡張装置(メモリ)も一台。」
「…どういうこと?」
「叉牙は、恐らく藍嘩を連れて清都に行った。小型飛空挺(フライヤー)を召喚するために弟を巻き込んでな。」
「…なるほどね」
 険しい表情を崩さないまま、氷花が凍冴から視線を外す。
「刹那」
「…なに」
「追いかけて。…捕まえて……いいわ、とりあえず追いかけて」
「捕まえなくていいのか?」
「好きにさせて。身に危険が及ばないようにだけして」
「……了解」
 氷花の命に応えて刹那は身を翻す。部屋から姿を消すその背を見送って凍冴が口を開いた
「間に合うか?」
「大丈夫よ、あれでも人外だから。」
「…そういうものか…」
「そんなことはどうでもいいのよ!まったく、どうしてくれるわけよ!」
「…すまない」
「謝ればいいってもんでもないでしょう?オカゲで色々狂っちゃったわよ!」
「それは、此方も同じだ。こちらとしても不思議なのだがね…どうして藍嘩が清都に行く気になったのか」
「…。」
「…。」
 にらみ合う氷花と凍冴の両者の間に、部屋の外から沙季の声が割り込む。
「取り込み中、申し訳ないけど…」
「…わかってるわ、時間でしょ」
 盛大なため息をついて、傍に控えるキリとユウリに視線で合図を送る。そして、もう一度凍冴の方へ視線を寄こす。
「あんたたちは、こっから出ないでよ。くれぐれも。」
「詫びの印に、何か手伝えることはないか?王の獣を欠く事態を招いてしまったからな」
 氷花の厳しい視線に苦笑を返しつつ、凍冴が問うが、氷花は険しい表情のまま、だったらここでじっとしてなさい、と切り捨てる。
「これで、あんたが手柄を挙げるようなケチがついたら、碧仁がいたたまれないわ。」
「…それは、残念」
 今度こそ、会話を打ち切って、立ち去る氷花と無言のまま主の背を追う二人の後姿を凍冴が見送る。三人の姿が扉の外に消える、一瞬前。ヒュと鋭く空気が流れる音がして、凍冴の衣装を揺らした。揶揄うような色を乗せた瞳をくるりと動かし見返る氷花の笑顔を最後に扉が閉じた。
「…やられた、かな」
「獣など居なくても十分事足りる、ということか」
「ま、心配性のあの獣が丸腰で王を置いていくわけもないな」
 苦笑が、残された二人の間に落ちた。
「それじゃ、身勝手な部下の後追いでもしようか。」

 そのころ、藍嘩と叉牙は白牙に召喚させた小型飛空挺を操り、一路清都を目指していた。
「…今頃、凍冴たち怒ってんだろうな…」
 耳元でごうと風が唸るなか、操縦桿を握り前を見据えながら叉牙がぼそりと呟く。
「…ごめんね」
「や、いーんだけど!」
 その声を、叉牙の背後でその背にしがみ付いた藍嘩が拾い、謝罪を述べるが、叉牙が慌てて頭を振る、と僅かに小型飛空挺が揺れる。
「…叉牙!ちゃんと運転しろよ」
「わーってるって!」
 すかさずイヤホン越しに飛んできた白牙の指示に、ちっと叉牙が舌打ちする。
「そんで?清都に着いたらどうする?」
「…叉牙くんたち、前に言ってたよね」
「うん?」
「凍冴さんに協力するなら、お姉ちゃんを助けてくれるって」
「…言った」
「……」
 一拍の間の後。
「凍冴さんに協力するよ。…だから、お姉ちゃんを助けるの、手伝って」
 小型飛空挺の動力の音にまぎれて、叉牙と白牙が同時に息を呑む。
「いいのか?」
「うん…いいの。」
 碧仁のように、確固たる信念を持って王位を望むわけではないけれど、姉と自分を護るために利用できるものは、利用しよう…と、決めたから。
「…こうするのが、一番いいと思うの」
 そうして、あの国を終わらせるのだ。
 望まないというなら、奪われるだけなら、予言のとおり滅びの王となる。


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