Act09-02

 瀏斗の退出後。さて、それでは如何にして藍嘩をこちら側へおびき寄せ排除するかという方向へ議論は流れた。論議の主導はいつもどおり朗であり、振られた話題に議会が答えるという方式で成り立つ。
「まずは、梁からいかにしておびき出すか、ということだの」
「そうだな。梁に居る以上はあの梁王の庇護下にあると観て間違いなかろう」
「であれば、乗り込むことは難しいな」
 そもそも、戦闘を得意とする梁に挑戦して勝ち抜けるほどの能力を清都は持ち合わせていない。朗は、集う面々の顔を見渡す。しかし、黙り込み俯くばかりで妙案が浮かぶ様子はないようだった。同じく決め手となる案を持つわけでもない朗も、一度目を伏せため息をついた。机の上で組み合わせた手を、組みなおす。
「…あまり、気は進まんが」
 一度、言葉を切り、もう一度議会のメンバーの顔を見渡す。
「あの娘の姉を、ダシに使うというのはいかがであろう?」
 ため息ともどよめきとも付かない空気が室内を満たした。数人が、自分が言い出さずに済んだ事に安堵の表情を浮かべ、またある者は、幾分か眉をしかめた。真子羅は、眦を釣り上げ、朗を見つめた。
「連れ出すことも、乗り込むことも難しい。かといって、向こうからのこのこと戻ってきてくれるとも思えん。…これ以上の有効策があるならば別であるが。あの娘とて、実姉のこととなれば、見過ごすこともできまい」
「朗…!」
 ここで、初めて真子羅が声を上げる。ガタリと音をさせ、立ち上がり、朗を初めとする議会全員に向かって、挑むような視線を投げかけた。
「そんなことは許されません。まだ、怪我も完全に癒えない彼女を、どう使おうというのです?!」
「別に命を危険に晒そうというのではない。取引の条件に使うまで。」
「人の道に外れます」
 朗が、わずらわしそうに右手を振る。
「いつから、人の道を説くようになったのかな。…暁の国ではないのだ、ここは」
「むやみに無関係の人を巻き込むのは止めて」
「ではどうしろと?」
 朗の言葉に、真子羅は小さく唇を噛む。それを見た朗が小さく口角をあげる。そうして、議論を続けようとした刹那。
「梁へ、話し合いを」
「…なに?」
 真子羅の言葉に、今度こそ室内はどよめいた。
「梁が狙っているものが、この国であるなら、要求すれば藍嘩を此方へ渡すでしょう…。手に入れたい清都がなくなってしまったら意味がない」
 真子羅は、立ち上がったときに机に付いていた両手を胸の前で組み、真っ直ぐ立つ。
「清姫が目的であっても、同じ。不吉な予言の王なんて、利用価値は無いに等しい。他国にだって、噂は広まっているでしょうから…次なる清姫の不吉な予言は。まして、自国の民に命を狙われる王なんて。」
「…それで、何を話し合う?」
「相手が何を求め何をしようとしているのか、私たちは知らなさ過ぎる。それでは、護りようがないわ」
「占が告げる通りだ」
「万能ではないのよ。清姫の占は」
「…真子羅」
 呆れたようなため息とともに吐き出された朗の、自身の名を呼ぶ声に、真子羅は答えない。ただ、強い意志を秘めた瞳で真っ直ぐ前を見据える。あたかも、未来を見渡そうとするかのように。
「もはや、占だけで国を護れる時は終わったわ」
「真子羅!」
「ねぇ、皆は何を護りたいの?自身を?国を?清姫を?そのためにすることが、一人の少女を殺すことなの?」
 真子羅が室内を見渡す。一人として、真子羅と視線を合わせる者は無かった。
「私が、梁へ出向きます…正式な大使として出向けばいきなり命を獲られることもないでしょうから」
「危険だ!」
「馬鹿なことを言わんでくれ。お前が居なくなったらそれこそ、この国は支柱を失うことになるんだぞ?」
「清姫が居れば国が倒れることはないのでしょう?」
 真子羅は、穏やかな笑みを見せる。サラリと緩く波打つ黒髪が揺れた。
「私は、国も民も何もかもを護りたい。…今現実に、我等を脅かすのは、未だ即位していない清姫ではなく、梁だわ」
 彼らが如何な目的をもって清姫を庇護したのかは計り知れないが、その先にあるのは恐らく清都。
「それは、正しいかもしれないが。真子羅、やはりお前を行かせるわけにはいかない」
「朗!」
「やはり、清姫をおびき出して、排除するのがよかろう。安全だ」
「…どうして…」
 真子羅の声を無視し、朗が右手で机をたたく。コツリという乾いた音が二度響いたとき、扉が開き、一度退出した瀏斗が再び姿を見せた。
「真子羅を連れて行け。決して部屋から出すな」
「承った」
「瀏斗?!」
 背後からするりと現れた瀏斗に羽交い絞めにされた真子羅が、両手を暴れさせ抵抗する。すると、瀏斗は懐から小さな布を取り出し、それで真子羅の口を塞いだ。布に沁み込ませた薬草の香りに、顔をそらせようとするも一瞬遅く、真子羅はその場でくたり、と意識を失った。力を失った体を、横抱きにした瀏斗はちらりと朗へ視線を走らせると、そのまま無言でその場に背を向ける。その場に居た誰しもが口を開けず呆気に取られる間に、瀏斗は再度退出するために扉へと向かった。その背を、
「清姫の姉を使って、おびき寄せる。必ず仕留めよ」
 朗の声が追いかけた。瀏斗は振り向くことも、歩みを止めることも無かったが、扉が閉まる直前に、必ず、と小さく呟いた。瀏斗と真子羅が去った後の室内では、今度は如何にして藍嘩に姉を捕らえていると伝えるかが論議の中心となっていたが、朗はその話し合いには積極的には参加せず、椅子の背に深く寄りかかり、目を伏せた。そして、小さく笑みを履く。


 真子羅を部屋に送り、待機していた侍女に託した後、瀏斗は甲斐の部屋へと足を向けた。ベッド脇に用意された簡易な椅子に腰掛け顛末を話して聞かせると、甲斐は深いため息をつき、目を伏せる。
「占だけの時は終わった、かぁ…」
 小さく苦笑を洩らしながら呟く甲斐に、瀏斗は肩を竦めて見せた。
「言いたいことがわからないわけではないがな」
「優先順位の問題…ってやつだな」
 まさしく。真子羅にとっては、皆の生活を護ることが優先順位の上位にあるのだろうが。
「俺らにとっては、民全員の命よりも、真子羅のほうがちょっとだけ高いってことなんだよなぁ」
 おどけたような声音で呟く甲斐に、瀏斗は僅かに頷く。そうして、以前対峙した小柄な王を脳裏に描く。流れにのって、流れを利用する…。
 何か言ったか?と首を傾げた甲斐に何もと告げて、立ち上がる。
 あの強い瞳を持つ王ならば。これは流されているだけだと切り捨てるのだろうか。それでも構わない。選び取るべきは、滅びの予言を背負う清姫などではなく、国であり仲間であり、真子羅だ。


page top