Act08-02

 碧仁、と紹介された青年は軽く藍嘩たちに会釈をすると用意されたテーブルに着くようにすすめてきたが、いまいち事態を把握し切れていない藍嘩と叉牙は戸惑いを見せる。
「氷花の友人だと聞いたが?」
 友人、と口の中で繰り返す藍嘩に些か不審げな視線を向けるものの、さして気に止めた様子もなく、お茶とお茶請けをテーブルの上に手際よく並べていく。カップに湯気の立つ茶を注ぎながら
「折角だから、梁王にもお逢いしたかったものだな」
 なんでもないことのように一人ごちた。
 その台詞に誰よりも早く反応したのは叉牙だった。右腕に仕込んだ召喚装置(モデム)を瞬間的にブレードに変換し、その切っ先をのんびりと茶器を持つ碧仁へと迷い無く向ける。
「…なんだって?」
 向けられた厳しい視線を静かに受け止め、茶器を下ろす。かちゃりと陶器の触れ合う音が響く。そろり、と身動きしかけた刹那を氷花が軽く視線で制する。
「叉牙、くん!」
 対峙する二人に割り込むように藍嘩が声をかけるが、黙殺される。
「希望を述べただけのこと。お前は、梁の者なのか?」
「…」
「そういえば、この前街中でかの王に似た容姿の青年をお見かけしたが」
 ばれてんじゃねぇか!と心中で悪態をついた叉牙と同時にイヤホンからは珍しく白牙が盛大に舌打ちをしたのが聴こえた。
「ほれ、そこまでで終了。」
 と、存外明るい声で刹那が二人の間に割り込む。ぽんと頭の上に掌を乗せられたことが不満だったのか、叉牙がはなせ!とその手を勢いよく払い落とす。その様に苦笑して、
「茶がさめるだろーが」
 ただ立ち尽くすだけだった藍嘩のほうへ氷花が近づき、右腕をかるく叩いた。
「あんたも座れば?」

 藍嘩は、ちらと隣に座る叉牙を覗き見る。気まずい初対面以後、かわされた会話は世間話の域を出ないものでは合ったが、あれから機嫌を損ねたらしい叉牙は一言も口を利かない。いつもはわりと快活な叉牙が黙りこくっている様は珍しくもあり不気味でもある。
 一方で藍嘩も、未だこの状況をどう咀嚼すればいいのかを図りかねていた。元はといえば、夢を視たなどという自分の嘘の結果なのだが−−事情説明を求めるにはタイミングを逸していし、先程までの肌が粟立つような感覚は消え去っても、衝撃の残像は未だ消えないままで、自然無口になってしまう。そんな藍嘩の心中を知ってか知らずか、この場へ藍嘩たちを招いた張本人である氷花は碧仁と紹介された青年と穏やかに談笑していたりする。
 言葉を発しない藍嘩と叉牙を特に何を言うでもなく眺めていた刹那が、ふいに藍嘩と視線を合わせてくる。
「占で、どこまで視えたんだ?」
 唐突な問いかけに、その場の空気がぴたりと止まる。それまで談笑していた氷花でさえ、驚き口を閉ざす。
「…え?」
 あまりに自分の思考と近い部分への質問だったことに藍嘩が驚愕する。驚愕のあまり否定や誤魔化すことすら忘れる。
「どこって…?」
「碧仁のこととか、俺らのこととか…どういう風にみえんのかなーって想ってさ」
 それが純粋な興味からくるものなのか、こちらを何らかの罠にかける意図があるのかは残念ながら藍嘩には読み取ることが出来ない。叉牙が座ってから初めて顔を上げる。
「そんなの、あんたには関係ないじゃん」
 慌てた言葉は明らかに藍嘩を庇おうとしたもの。
「茶を御馳走するためだけに呼んだわけじゃねぇってことはそっちだってわかってるんだろ?」
 空気がひやりと冷えた気がする。あぁ、そうか…私の『清姫』としての力量を測ろうとしてるんだ…きっと、と思い至って、覚悟を決める。
「…さっきの、」
 そろりと藍嘩が言葉を紡ぐ
「碧仁さん、がそこの窓辺に居るところ…だけ」

「…だけ?」
 刹那の確認の言葉にこくりと頷く。ふぅん、と返された言葉はあっけないといえばあっけなく。
「…えっと……まずかった、ですか?」
「いや?まぁ、多少ははったりも入ってるだろうなーって想ってたし」
 さらりと返された台詞に、嘘がばれていたことが分かり藍嘩は僅かに頬を赤らめる。気まずい。
「な?言ったろ?」
 と今度は刹那が向き合ったのは氷花のほうで。
「…そうね」
 どことなく憮然とした表情で氷花が返事を寄こす。
 刹那と氷花のやりとりの内容がわからずきょととした表情を揃って見せる藍嘩と叉牙に、くだらねぇな、と碧仁が笑う。
「この二人は、君がどれだけ能力を開花させてるかで喧嘩してたんだ」
「?」
 ますますわけが分からなくなった藍嘩がぱちぱちと瞬きをする。
「氷花は藍嘩のいう事を全面的に信用したわけだ、『占』を扱えるようになったということばを。で、刹那はどこまでがはったりでどこまでが本当か疑った、と」
「ちょっと!碧仁!余計なこと言ってんじゃないわよ!」
 氷花の怒り声にちらと碧仁が肩を竦める。
「斎王ともあろう人が、こんな無防備に他人を信用するとは意外だった」
「……何も、年がら年中他人を疑って生きてるわけじゃないわ。そんなの、疲れるでしょ」
「尤もツメが甘いのは、今に始まったことじゃねーしな」
 ぼそりと横槍を入れてきた刹那をじろりと氷花が睨む。此処へ来てようやく思考回路が追いついてきた藍嘩と叉牙が互いに顔を見合わせる。そして互いに、知りたいことがあって此処を訪れていたことを思い出す。
「それで、…碧仁さんは、何者なんですか?」
「さん付けはいらない。……俺は、暁王を廃する者……梁王が気にかけているのも、俺の行動だろ?」
 あまりにあっさりと告げられた手の内に、叉牙が息を呑む。
「いいのかよ、そんなに手の内明かしちゃって…オレたちが邪魔するとは想わなかったのか?」
「邪魔する気ならもっと周到に用意すべきだな…梁に、俺を邪魔して得があるとも思えないが」


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