Act07-04

「凍冴、暁がそろそろ動きそうだ」
 執務室内で仕事にいそしむ凍冴の元へ儀月が訪れた。パネルに触れシュンという軽快な音とともに開く扉から室内にすべりこみ、室内の一番奥、日当たりの良い場所にある机で書類の山と格闘していた凍冴へ前振りもなく告げる。言われた凍冴は書類から顔を上げず、
「想ったより早かったな…斎王を捕まえられたのかな?」
「そこは未確認だが−−たぶんな」
「それならば、決着はすぐ付くな…」
 ようやく書類から視線を外し、凍冴へと向き直る。机を挟んで対峙する主従は同時にため息をつく。
「そういえば、ウチのお子様たちはどうなんだ」
「ああ、叉牙と白牙?…騎士団の一部と何か画策しているようだな」
 儀月が顎のラインを右手で撫ぜながら眉をしかめる。
「大方予想は付いている。藍嘩に何か持ちかけようとしてるんだろ」
「もうすこし、周りを騙す方法を覚えた方がいいな、あいつらは」
「鍛えなおすか…」
「ま、ほどほどに頼むよ」
 凍冴は手に持った書類を机の上に放る。その拍子にばさりと紙が音を立てた。伸び上がるようにして椅子の背もたれへと体を預ける。
「暁へ行く」
「は?」
 伸び上がったあとふと力を抜いて表情も和らげた凍冴がひじ置きに腕を乗せ、立ったまま凍冴と対峙する儀月を見上げてのたまった台詞は、儀月を驚愕させるに十分な内容で。
「だから、暁へ行くんだ」
「…だれが」
「そうだなぁ、俺と、叉牙と…やっぱりお前も居たほうがいいかな。あと藍嘩」
 からりと笑う凍冴の表情とは対照的に、儀月の表情はみるみる険しいものへと変化する。しかし、対する凍冴の方はさしてその様子を気にするでもなく、先ほど放り投げた書類の束の端をトンと机の上で揃え、次の書類へ手を伸ばす。
「お前こそ、鍛えなおすべきだな」
「何でだ。こんなに真面目に執務をこなしてるだろう」
 バン、と机に右手を打ちつけながら儀月が一歩踏み出す。
「王がそう何度もホイホイと国を留守にしていいわけあるか!」
「大丈夫、そこは羅紗に頼んでいくから」
 儀月の剣幕にもひるむことなく、妹の名を上げ凍冴は緩く笑みを浮かべる。
「……お前な…」
 打ち付けた右手でそのまま机に凭れ、空いた左手を眉間にあてた儀月は、眩暈を憶えたかのようにぐらりと体を傾げた。
「あそこはずっときな臭いと睨んでただろう?それがやっと動きそうなんだ。動向を把握しておいたほうがいい」
「何でお前が自らで出向くんだ」
「ん?…そうだな、興味があるから?」
 小首をかしげて言われたところでちっとも可愛くない。
「いいから、叉牙と藍嘩に伝達を。明日には出る」
「勝手にしろ!」
 どかどかと足音も荒く部屋を出て行く儀月を凍冴の苦笑が見送る。

 凍冴との会話と終え、部屋を出た儀月はその足で叉牙と白牙を探しに場内を闊歩していた。今日は非番ではないから、片割れは訓練場で汗を流しているだろうし、もう片方はコントロール室で機器整備だろうと当たりをつける。一瞬の思案の後、まずは近い位置にある訓練場に足を向ける。そこにはきっと、叉牙と白牙に協力を申し出た連中も一緒に居るはずだ。一網打尽にするに都合がいい。
 予定に無い急な騎士団長のお出ましにどよめく場内をざっと見渡し、叉牙とほか数名の団員を呼び寄せる。一様にぎくり、という表現がぴったりな動きをしたことに内心ためいきをつきつつ。
「呼ばれた意味がわかるか」
 無言。
「黙秘権の行使は認める。が、今後は妨害が多くなるものと想え。叉牙はこのまま付いて来い。ほかは戻って良い」
 なんでオレだけ!といういつもであれば聴こえてくるはずの不満の声が出ないところをみると多少は神妙になっているのだろうかと表情を伺えば、ぎくしゃくと固まった表情。
「つくづく、策略には向かない性格だな」
 そこで初めてむっとした表情を浮かべ、儀月を睨む。
「大方、藍嘩の姉をダシにして協力を要請したりしたんだろ」
「げ、なんでわかんの!?」
「……行動が分かりやすいんだよ」
 だいたい、自分たちで思いついた考えなら、当然凍冴あたりが気付きそうだとは想わないものなんだろうか、という思いを盛大なため息にのせる。
「ナンだよ、そのため息」
「まぁ、だいたい今お前が感じたとおりだな」
「…あっそ」
 それよりも、と訓練場の扉をくぐり外へでる。
「暁へ行くことなった。メンバーはお前と凍冴、俺だ。白牙には俺から伝える。戦闘になることが無いともいえないから、準備を万全に。白牙は体調が戻ったばかりだから、不安なら仮の母体(マザー)を手配するように。」
「はぁ?!」
「それから藍嘩も連れて行く……藍嘩の姉に構うのは機会をずらせ」
「ちょ…!待ってくれよ、話が……」
「質問は凍冴にしろ。−−アイツの考えなんざわかるわけがない。」
 その表情にあきらかな怒りの感情を見て取った叉牙が口を閉ざす。泣く子も黙る騎士団長さまに逆らえるものなどいるわけがない。

 凍冴の訪問を受けた時、藍嘩はちょうど与えられた自室で借りてきた書籍を読んでいる最中だった。
「歴史の勉強でも?」
 広げていた本は、梁の歴史を記した著作。
「相手の様相がわからないと対策も立てられない…と儀月さんが。」
「そのとおりだね。中々いい心がけだ。…ところで、藍嘩」
 凍冴は藍嘩が広げて机の上にいたままにした書籍を取り上げ、ぱたりと閉じる。
「勉強のついでに、遠征に行かないか?」
「え?」
 唐突な提案に、意味を図りかね藍嘩はうろたえる。
「所用で、暁に行くことになってね。藍嘩は暁へは?」
「行ったことありません」
 そもそも、藍嘩は清都と出たことさえ、ついこの前までなかったのだ。
「なら丁度いい。社会勉強だと思えば」
「行くことに意味がありますか?」
「意味のあるものにするかどうかは、藍嘩次第だな。まぁ暇つぶしにもなる。儀月にも言われたろう?来てみてみないとわからないって」
「そう、ですね」


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