Act07-03

 暁國の中心部にある王城の一室、一人の男が小さな機械を操作していた。その機械は掌に収まる程度の大きさで、複数のボタンと小さな画面を備えている。男は素早くボタンを操作し作業を終えると機械の電源を落とした。直後、男の背後で部屋の扉から控えめなノックの音が響く。
「空いている」
「失礼します」
 返事と共にギィと木製の扉が軋む音がする。開いた扉から覗いた、赤みがかった薄茶色の髪に男は目を細めた。そして愛娘の名を呼ぶ
咲埜(サクヤ)か」
「お父様、こちらにおいででしたか」
「何かあったか?」
「いいえ。お姿が見えなかったので…」
 そこで、少女は父の手の中にある小さな機械に気付く。
「それは?」
「これか。梁で発明された通信機でね。小さいが機能はいい。遠くに居る者と通信できるんだよ。文字だけだがね。」
「すごい!」
 無邪気に感心する様子に小さく笑いかけ、男は娘に機械を握らせた。
「使ってみるか?」
「…でも、通信する相手がいません」
「それもそうだな」
 笑いながら再び機械を手中に戻した男は、そのまま機械を服のポケットに仕舞いこむ。
「でも、楽しそうだわ。」
「便利ではあるな」
 男はそっと、ポケットの中にある無機質な塊を指先でなでた。


 拠点として住まうフラットの一室で、訪れた斎王を目の前にした碧仁は、声には出さず、しかし瞠目して黙り込んだ。その様子を面白くてたまらないという表情で見上げる少女は、まさに碧仁が先日言葉を交わした少女その人で。噂に聞く、人ではないが人にしか見えない銀髪の獣を従えている。
「…遠路遥々、ご足労頂きありがたい…依頼を出したのは、俺だ。碧仁と言う。」
「よろしく。詳しい話は直接話すという事だったけど?」
 碧仁は目の前の二人に視線で手近な椅子を勧めつつ、自らも傍にある椅子に腰を落ち着ける。座る碧仁の背後には影のように沙季が控える。
「暁王を廃したい」
「随分、端的ね」
 少女が苦笑する。その様子にもたいして表情を変えることもなく碧仁は続ける。
「手筈は大まかには整っているが、後は斎王が合流してから詰めようと想っていたところだ」
「まずは、あんたの立場を聞きましょうか?」
「…前王の息子。証拠は」
 一端言葉を区切り碧仁は右腕を覆うアームカバーを取り外してみせる。
「王家にしか伝わらない神秘的象徴(シンボル)だ。」
 むき出しになった右腕には暁國の民が崇める光の神を模した刺青が刻まれている。
「通常の紋との違いは」
「普通は、生まれた後洗礼を受け、神官に認められたもののみがシンボルを身体に刻むが、この紋は生まれたときからこの身にある。」
 斎王は差し出された右腕に顔を寄せ、皮膚に残る刺青を丁寧に検分する。
「墨を皮膚の下に入れ込む…のとは違うのね」
「原理は分からないが、彫ってはいないし消えもしない」
 ふぅん、と声のような吐息をもらしながら、斎王が元の位置に戻る。
「信じるわ、碧仁」
「ありがたい」
 ふっと頬を緩め、碧仁が表情を和らげる。アームカバーを再び腕に装着しながら、碧仁が言葉を紡ぐ。
「正直、父が納めていた時の国のようすはあまり詳しいことは憶えていないんだ」
「10年前ね」
「そうです。宰相であった男が企てたクーデターで」
 背後に控えていた沙季が確認するかのように返事を返す斎王に答える。
「父が倒されるべき理由を持っていたかどうかは、俺には分からないが−」
「若!」
 沙季の咎めるような声を、碧仁は肩を竦めかるくいなす。
「知らないんだ、なんとも言えない。だが、ここ最近の暁の様子なら知ってる」
「最近の暁は酷い有様で」
「国外にはあまり情報が漏れていないようだけど…」
 氷花が小首をかしげる。
「国外にまずい情報を流出させるほど、まだ落ちてない。というか、国外に視線を向けるあまり国内が疎かになってる、というかな」
「民に対する締め付けは年々厳しくなっているようです。噂ではありますが、国の拡大を狙っているとも」
「なるほど」
 斎王の隣に座したまま黙していた銀髪の獣が腕組みをして鼻先で笑う。
「王座だけでは満足できなくなったってか」
「あるいは、もともとそういう狙いで王座を狙ったか、ね」
 斎王がちらりと自分の僕に視線を投げかけて同調する。それから真っ直ぐ碧仁に視線を向ける。
「で、あんたは王座を奪還したいのね」
「そういうことに、なるか」
「乗り気じゃないわけ?」
「そうでもないけど…。王座が欲しいというよりは、望む人がいるから答えようと想ったんだ」
 斎王の視線に負けないよう、強く見つめ返す。
「王は、民が選ぶものだと俺は想ってる。こんなシンボルがあったって、王の証にはなりはしない。一方からみれば今の暁王だって王たるものかもしれないし、俺こそ平和を乱すものなのかもしれない。でも、望む声があるなら答えたいし、結果どちらを選ぶかは、やっぱり民に委ねたいと想う。可能性があることを示せればいいんだ」
「命を懸けてまで?」
「ほかに、持ってるものがないしな。」
 あきれた、といって斎王が笑う。
「わかったわ。じゃあ、作戦を煮詰めましょ。−−そうだ」
「?」
「あたしは、氷花。こっちの銀髪は刹那。−−約束したでしょ?」
 にこやかに笑う顔は、最初の印象のとおり随分幼いイメージで、つられるように碧仁は笑った。


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