Act06-05

 斎が密かに碧仁と逢う為の算段をつけ動き出すのと同時期、梁でも凍冴が水面下で湮王である李凪へ接触を図っていた。先に接触の口実を設けたのは湮王。
 久方ぶりに姿を見せた自らの力の結晶ともいえる黎の姿に目を留め、李凪は僅かに目元を厳しくする。いたわるようにくちばしをなでると、まるで本物の鳥のように啼き、ばさりと羽音をさせて李凪の右肩へととまる。
「話し合いに応じる気はあるんだね」
 黎に託した伝言は、きちんと梁王へと届いたようだった。
 傍らに佇んだままの凛涅に視線を投げかけ、着いて来る様に促す。普段であれば文句の1つも飛び出そうなものだが、空気を察したのか存外素直に従う姿に李凪は小さく口元を釣り上げる。そのまま謁見の間へと凛涅を伴い、続いて入ろうとする侍女たちには席を外すように告げる。常であれば侍女が控え手狭な印象がある広間も、二人と一羽だけになるとやはり広く感じるものだ…などと思いながら、李凪はなにごとかときょときょとと視線をあちらこちらに彷徨わせる凛涅の名を呼ぶ。
「梁の王は知ってるね?」
「……あの、金髪の人でしょ」
「そう。今度会うことになったから」
「へぇ………って、はぁ?!」
 あまりになんでもないことのように李凪から発せられた言葉の内容の思いがけない重要さに凛涅が驚愕の表情をみせ、声が裏返る。
「え、会うって…なに…?」
「清姫に逢いに行ったときにも居ただろ?梁のが」
「…いた。」
 さして遠くは無い過去の出来事を振り返る凛涅の表情が僅かに曇ったのを、李凪はあえて触れずに会話を進める。
「他にも接触はあったようだが、一番やっかいなのは梁だからね。どういうつもりなのか会って確かめようかと想って」
「…そんな、簡単に……」
 あまりにあっけらかんとした主の態度に、普段は周りから無鉄砲さを指摘される凛涅のほうが呆れ、脱力する。
「ま、知らない仲ってわけでもないしねぇ」
「…あ、そ」
「何脱力してんだい、お前も連れて行くからね」
「は?」
「かよわい王を一人で行かせる気かい?護衛が必要だろ」
「………かよわい?」
 小首をかしげる凛涅の頭を無言ではたき、出発の日時を告げる。
「人生経験に役立てな」
 かくして、梁王と湮王の会合が現実のものとなる。


 落ち合う場所は、スラムにあるアパートの一室。むかし、まだお互いが王という立場に縛られることなく無邪気に親交を暖めることができた頃に良く利用していた場所。まだ残っていたんだねぇと感慨深げに呟く李凪の横顔を眺めてみても、凛涅にはその心理を推し量ることはできず。軋む階段を上った先にある最奥の部屋に、梁王は居た。李凪が室内に入るのを確認すると、窓辺に佇む影が振り返る。傍らに控えるのは梁國騎士団長を勤める儀月。李凪も決して女性としては小柄なほうではないが、優に180センチは超えるであろう大男二人を眼前に据えれば自然、小さく見えるもので。その場にいる誰よりも小さい凛涅は誰と視線を交わすにも己が見上げなければならない状況にわずかばかり眉をしかめる。
「久しいな」
「…そうだねぇ…もう8年くらいになるかい?」
 交わす言葉に昔と変わらぬものを見つけ懐かしみながらも、確実に変わったものを見つけ寂寥を感じる。しかし、この場にわざわざ出向いたのは、
「そっちの狙いを、聞かせてもらおうと想って」
「あいかわらず、油断がならないな」
「うちのもお世話になったみたいだしね」
 目線で凛涅を差すと、凍冴が苦笑を浮かべ肩を竦める。
「悪いことをしたな。叉牙も夢中になるとのめりこむクチでね。可愛いお嬢さんを相手に手抜きなんてできなかったんだろう」
「…そっちも、相変わらずの口八丁ね」

「別に、大層なことを狙ってるわけじゃないんだ」
 窓の外に視線を移しながら凍冴が口をひらく。
「国の民が飢えず、平和に暮らせればいい」
「…そんで、隣国を侵略するのかい」
「蒋の民だって受け入れて隔てなくしている」
「周辺を次々に飲み込んで、倭都卯全土を梁にするつもりかい?」
「まさか。そこまで奢っては居ないつもりだが?」
「どうだか」
 胡散な視線を投げかける李凪に凍冴は苦笑で答える。
「ただ、この大陸から争いが消えればいいとは想ってるよ。」
「あんたという覇者の元で?」
「だから、違うって」
 とことん信頼がないんだなぁと、困ったようにため息をつく凍冴に向けて、傍らの儀月さえ日ごろの行いのせいだろうなどと言う始末。
「俺はね、各国の対話の場があればいいと思うんだ。中央に政府をすえて、各国を自治区と改める。それぞれの代表が定期的に会議をするんだ。王と国はなくなるが、国ごとの伝統は護られると思うんだがね。」
「……」
 あまりといえばあまりな提案に、李凪はめずらしくぽかんとした表情で凍冴を見つめるばかり。先に立ち直ったのは、凛涅のほうだった。
「…一国の主にしては…それも梁の王にしては、随分甘いのね」
「確かに…そうだな。この案では結局今の国という単位はなかなか崩れないだろうし、ね」
「それでも、対話が必要だと?」
「力でいう事を聞かせる時代から、そろそろ一歩踏み出してもいいと想うんだけれど」
 ようやく投げかけられた言葉を脳内で咀嚼した李凪が会話に加わる。
「しばらく会わないうちに、随分と夢見がちな平和思考になったもんだねぇ…で、反発因子はどうするんだい」
「ソレは、当然踏み潰すのさ」
 笑う顔は憎らしいほど爽やかだ。
「…前言撤回。やっぱり変わらないねぇ…」


 提案への返答は保留のまま、会合は終了する。
「協力してくれる気になったら連絡してくれればいよ」
 と、最後に残された言葉に、さてどうするかと思案する李凪の隣で凛涅が腑に落ちない顔。
「どうするの、李凪」
「…さぁねぇ」
 しばしの無言の後、
「かつての梁は、倭都卯に於いては珍しい『持たざる国』だったんだよ。暁のような神の恩恵もなく、斎のような特異な能力があるわけでもないただの小さな国−−それが『機械』という魔法を得て、生まれ変わった。」
 いまや、他国を飲み込み破竹の勢いで拡大する。
「だが、どんなに国が強大になろうと、たったひとつ神がかり的な力がないというだけでこの大陸では赤子扱いされる。未だ世の中には未来を読む力さえあればすべてが手に入ると夢見てるものが居る。…オカゲで清都は大人気」
「それで、梁は清姫を手に入れてどうするの?」
「あたしは奴じゃないからわからないけど…たぶん、中立を守る小さな国々を従える決定的な口実にしたいのさ。清姫の予言だってことにして」
 するりと頬をなでる風に髪が攫われるのを李凪は右手で押さえる。
「あの男がたぶらかしたいのは、未だ未来を予言する力を捨てきれない奴らと、清都の民かもしれないね」
 先ほど語られた内容だけが狙いではないだろうということは、凛涅にだってわかること。どうせ中央にすえるという政府を操るのは梁王その人だ。
 押さえてもなお、風に攫われていく髪の一房をちらりと目で追ったあと、視線をぴたりと前に据えた李凪は、もう一言も言葉を発することはなく。付き従う凛涅も黙り込んだまま、帰路についた。


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