Act05-01

 轟音とともに白い光に包まれた地点を目指し、氷花は地面に押し付けたままの瀏斗からすばやく離れ、振り返ることもせず、窓から飛び出す。やや遅れて瀏斗も身を起こし、追いかけようとして、先程まで氷花に踏みつけられていた右腕がズキリと痛み、眉をしかめた。
 振り切るように、一度首をふり、氷花の後を追うように部屋を出る。


「刹那!なにごとなの!」
 砂埃がいまだ立ちこめる状況に、戸惑いながらも、見つけ出した刹那の姿に氷花が声を張り上げた。
 ギクリ、一度肩を揺らし、ゆっくりと振り向く。
「…わかんね」
「わかんないじゃないわ!キリは?ユウリは?藍嘩は?!」
「ユウリはキリが看てる。…藍嘩は」
 そこ、と指をさした方向を見遣ると、ぼんやりと藍嘩が座り込んでいた。
 ぐるりとあたりを見渡すと、ユウリの傍にキリが座り、彼の獣の力で治癒を行っているのが見えた。ユウリの隣には甲斐と凛涅が倒れており、叉牙の姿はどこにも見えなかった。
「死人は出てない。叉牙は戻った。」
「そう」
「力の、暴走じゃねぇかと思うけど」
「藍嘩の?」
「甲斐に押さえられた。反抗して、銃を構えたんだよな…そのあとは、まぁ見てのとおり」
「…。」
「俺の不注意だ。悪かった。」
「…何も言ってないわ」
「顔にでてんだよ」
「……」

 氷花は無言のまま、藍嘩の傍により、いまだ焦点の合わない表情でぼんやりと空を眺めるその頬を張る。パァンと小気味の良い音がして、音にビックリしたキリがなにごとかと振り向くのも、刹那が何かを言おうとしたのも無視して、ひたりと藍嘩に視線を合わせた。
「しっかりしなさいよ。ボケてる暇はないわ。−一旦、退くわよ。」
「…氷、花」
「刹那!藍嘩を立たせて。キリ、ユウリを運ぶの手伝って。」
「いいけど…、他の人たちはどうするの?」
 未だ倒れたままの甲斐と凛涅に視線そむけて問うたキリに、氷花ではなく刹那が答える。
「放っておけよ。そこまで手かすほど俺ら良い扱いされてねぇし」
「それもそうだね」
 キリはそのまま、歩み寄る氷花がユウリの左腕を肩に乗せるのをみて、右側へ回り込む。刹那が藍嘩の腕を引っ張りあげて立たせようとしたが、そのままくたりと力が抜けてしまった様子を見て取って、横抱きにする。
「跳ぼうか?」
「無理しなくていいわよ、キリ。アンタだって疲れてるんだから」
「ん、でも5人くらいなら運べる。…刹那、掴まって。」
 刹那がキリの右肩に触れた瞬間、空気に溶けるようにその姿が掻き消える。


 キリたちの姿が掻き消えた数分の後、遅れて到着した瀏斗があたりの惨状に目を見張る。何か建物があったと思しき痕跡を残してはいるものの、残るは瓦礫ばかりで。そんな中、倒れ伏す甲斐の姿を見つける。そして、その脇には、湮の少女。
「甲斐…!」
 走りより気を失っているらしい相棒の上半身を担ぎ起こすと、僅かに呼吸音が聞こえて、人知れず瀏斗は安堵のため息をついた。見ると、外傷もそれほど深手というわけではなさそうだ。
 傍らに、未だ甲斐と同じく気を失ったままの凛涅の姿を認め、一瞬の躊躇の後、閃光と共に姿を現した刀で、その身を貫こうと身構える。
 まさにその刃を振り下ろそうとした瞬間、どこからともなく現れた白い巨鳥に、阻まれる。
「?!」
 その鳥はまるで凛涅を庇うようにその翼を広げ、威嚇するように甲高い声で一声鳴く。
 と、同時に巻き起こる突風に身を竦めたその僅かな隙に、凛涅も白い鳥も姿を消していた。
「…今のは…」
 呆然と空を見遣り、何度目を凝らしてももう白い姿を確認できないことを確かめた後、もう一度甲斐へと視線を戻す。
「…瀏斗、か」
「立てるか」
「悪ぃ」
「いや…」
「また、しくじっちまった」
「何があった?」
「…わからん…あの時見てぇな感じだ」
「あの娘の姉が…」
「そう、白い光だ」
「…。」
「まだ、追いつくだろ」
「ダメだ。そんなナリで何ができる」
「だが…!」
「怪我を治すことが先決だ。一旦戻る」
「瀏斗!」
「…まだ、挽回のチャンスはあるさ」
「……。」
 悔しげに表情をゆがめる甲斐の背中を1つ叩いて、瀏斗は立ち上がる。
 白い光。
 元来戦う力に優れない清都の女に、それほどまでに抵抗するちからが有ろうとは思っていなかった。
(油断…だな)
 これが清姫の力というものだろうか、と思案する瀏斗の髪を一陣の風が撫で上げた。


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