Act04-04

 見た目は、まだあどけない少女のまま。軽やかに明るい茶色の髪の毛を揺らしながら近づく凛涅に、じりと半歩後退してユウリが間合いを計る。背中には藍嘩をかばいつつ。
「そんなに警戒しなくてもいいのに」
 別に、どうにかしようと想ってるわけじゃないよと呟く声には幼さが滲んで愛らしい。だが、
「そうは参りません…。」
じりじりと間合いを計りながら、ユウリは周囲の気配も探る。梁國の少年と目の前の少女は、目的が命ではない以上さして問題ではない。問題なのは−−
「…来る」
 清都の、青年が。

 ザリ。と砂を踏みしめる音がする。
 ピクリと藍嘩が肩を震わせて振り向く視線の先には、銀髪をもつ青年。
「刹那」
 幾許か安堵の色を滲ませてユウリが名を呼ぶ。
 その声を合図にするかのようにスイと身動きをして、凛涅とユウリたちの間を断ち切るかのように割り込んでくる。
「…怪我しねぇうちに帰んな」
「まだよ」
「まだ暴れたりねーの?」
「…そっちの、お姫様とも遊ばせてよ」
 にこりと笑う顔はこんな時じゃなければ可愛げもあるのだろうけれど。今は、それどころではない。
 確実に少女の背後−−先程、刹那自身が通ってきた道のほうから伝わってくる気配。叉牙のものと、甲斐のもの。こんな狭い路地裏なんかでことに及ぶのはごめんこうむりたい。なにより、人通りが近すぎる。
「せめて、場所を選ばせてくんねー?人目が気になるんでね」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいと想うなぁ」
「こう見えてもシャイなんだ」
 その台詞にオカシそうに笑う。
「君が、気にしてるのは−あっちから来る二人?」
 ちらりと驚愕した光が瞳を走ったのを見逃さず、凛涅がまた笑う。
「斎王の獣でも、恐れるものがあるんだね」
「そりゃ、あるさ。…面倒ごとは少ないほうがいい」
 ふぅん、と凛涅が肩をすくめたところで、刹那の背後に立つユウリが、その裾をかるく引いた。
「刹那」
 その声音から、事情を察した刹那が、凛涅の背後に視線を向ける。
 小さく舌打ちの音。
「ユウリ、藍嘩連れて行けるか」
「やります」
 よし、と声を発すると同時に、刹那が地を蹴る。突然動いた刹那に、戸惑う凛涅を一先ず小脇に抱え上げる。
「ちょ…な、何するの?!」
「黙ってな」
 そのままの勢いで真っ直ぐ、叉牙と甲斐が来る方向へと走り出す。背後に一声、
「ユウリ、時間稼ぐからできるだけ離れろ」
「−はい」
「離してよ!ちょっと!!」
「暴れるな!」
「冗談じゃないわよー!!」


「私たちも、移動しましょう」
「で、でも、ユウリ…!」
 お早く、時間稼ぎにも限界があります。と静かに告げる声に、僅かに頭をふる。
「行けないよ」
「藍嘩」
 小さな吐息とともに、ユウリの眉間に皺がよる。
「だって、私が…私の、せいでしょう?」
「いいえ。違います」
「違わないよ!」
「…違います。藍嘩が何をしたわけでもないでしょう」
「でも」
 指先が冷えてるのが解る。
「でも、狙われてるのは、私でしょう?」
 命を狙われているのは私のせいではないとしても、狙われてるという事実は変わらないし、刹那や氷花やユウリが身体をそのせいで身体をはってくれてるのは、わかるよ。震える声がそれでもきっぱりと告げた。
「だから、行けない。」
 のこのこ出て行ったからって、彼らを止められるとは想わないけれど。
「では、余計に来ていただかなくては」
「ユウリ」
「王も、刹那も…私も、みすみす危険に手を伸ばすほどのお人よしではありません」
「?」
「だから、貴方を無事の無事を確保して報酬をいただかなくては」
 この前説明したでしょう?私たちの『仕事』を。そういって少し悪戯っぽく笑みを刷く唇に、あっけにとられて、それから、ジワリと指先が温まるのを感じた。
「…ありがとう」
「御礼を述べられるには速いのではないですか?私たちは頂くものはきちんと頂きますから」
「うん、そうだね」
 掌をきつく握り締めて、走り出す。
 先程、刹那が走り去ったのとは逆方向へ。


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