Act04-03

 風を裂く音だけが、響く。
 視線をそらすことなく、手をゆるめることもなく。次々に繰り出される剣を、舞う様に躱しながら、氷花が笑う。
「悪くない腕ね」
「…お前に評価される覚えはないな」
「あら、斎王が誉めてるのよ?ありがたく受け取っときなさいよ」
「…」
 それまで繰り出される剣を躱すだけだった氷花の瞳が一瞬細められて、腰元に二本ささるブレードのうち、一本をホルダーから引き抜く。間合いを計りながら、手元を操作すると光るレーザーの刃が現れる。彼女向きにあつらえられたそのブレードの刀身は通常の剣よりもかなり短い。その剣を、軽く構えて、ダン。と勢い付けて一歩踏み込むと同時に、それまでのゆるやかな動きとは対照的に素早く間合いをつめる。瀏斗が身構えるより一瞬早く足を払って、バランスを崩したところに、馬乗りになるように床に押しつけて。ブレードの切っ先を喉元にピタリと合わせる。
「詰めが甘いのよね、アンタは」
「お前に何が解る」
「情報収集も仕事のうちだわ」
 会話のうちにも身動きをとろうとする瀏斗の右腕を足で踏みつけて、微笑みすら浮かべながら
「前清姫の最後の占を曲解してることにも気づかずに、こんなとこで油売ってるアンタに、藍嘩は殺せない」
「曲解だと?」
 氷花の台詞にぴくりと眉を跳ね上げて、冷たい瞳を険しくさせる。瀏斗の表情が険しくなるのとは対象的に、氷花の顔が楽しげに笑う。
「…占を聞き、解釈するのは、俺の仕事ではない」
「命令されたことに、従う…だけ?」
「…」
「じゃあ、アンタのコレは、なんのためについてんの?」
 馬乗りになったまま瀏斗に顔を近づけて、彼の頭を押さえこむ。
「考える必要がないんなら、切り落としてあげよっか?」
「…離せ」
「命令されたことに従うだけで、アンタの大事なもんが一体なんなのかも解んないで?それで国が…真子羅が救える気でいるんなら、めでたいことね」
「−っ。離せ!」
 もがく瀏斗を小さい体でたやすく押さえつける
「人の体なんてね、ポイントさえ押さえちゃったら簡単に動かなくなるのよ?」
 知らなかったでしょ、と笑う声は楽しげでさえあって。
「もっと流れを見極めなさい。時代はどこへ流れていくのか。流されないようにもがくだけが能ではないわ。…流れに乗って、流れを利用しなさい」
 ふと、こぼれた真剣な声音に、瀏斗が何か反応するよりも早く
「ま、でもアンタはここで死ぬんだけどね。」
 無駄な忠告になったわね、と声が聞こえたと同時にレーザーブレードの刃の熱が、喉元にますます近づくのが感じられる。刃が首筋に触れるかどうかの刹那、ドォンという轟音が、あたりに響き渡った。


 氷花と瀏斗が争うのと同時刻、凜涅の後を追いかける刹那と、さらにその後を追う叉牙、甲斐の姿があった。
「んもぉ〜、しつっこいなぁ!」
「そう簡単に逃がすかっての」
 逃げる凜涅が洩らす呟きに刹那がぼそりと答える。
「聞こえてるわよ!」
「あっそ」
 会話を挟みながらもスピードの落ちる様子を見せない凜涅に刹那はこっそり内心で関心する。
「見た目はあてになんねぇってな」
 後ろから追いかけてくる叉牙と甲斐をチラと横目で見やってから、風の中にユウリの気配を感じ取る。まずいな、と一人ごちてから、口笛を吹くような仕草を見せる。が、刹那の唇から音が漏れることはなく。不審に想った凜涅が小首を傾げるが、そんなことを気にしている場合ではないと思い直し、前を向く。

 一方のユウリは、刹那が発した音を、聞き取っていた。ピクリと反応したユウリに藍嘩が気づいて立ち止まる
「…?どうか、したの?」
「刹那が…」
「え?」
 斎の一族には一族間でしか判らないような合図がいくつかあって。その中の一つが、獣間だけで聞き取れる音を介するもの。本来人間のユウリには聞こえない音だが、ユウリの中に棲む獣が音を聞く。
「警告が」
「…警告?」
「さがって、藍嘩」
 壁際の物陰に隠すように藍嘩をかばって立つユウリが、周囲に視線を走らせると同時に、一陣の風。

 降り立つ少女が、明るい茶色の瞳をゆるく細めた。
「そろそろ追いかけっこは終わりにしない?」


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