Act04-02

 鋭く、射貫くような視線を受けても物ともせず、不敵に微笑み返した氷花が、ちらとキリを振り向いて、
「先に行きなさい」
「え」
「いいから」
「でも……」
 心配そうな視線を投げてくるキリに穏やかに笑って
「アタシを誰だと思ってるの」
 信用しなさいよ、と続けると渋々うなずく。
 キリの背が部屋を出て行くのを目の端で追いながら、目の前の相手との間合いを計る。

「女子供に刃を向ける趣味はないが……どうしても阻むというなら、容赦はしないぞ」
 鋭い視線を投げかけてくる相手に怯むしぐさも見せず、
「手抜きなんかしたら、痛い目見るのは、アンタのほうよ」
 相手を小馬鹿にしたような氷花の態度にも冷静な顔を崩すことなく、男は抜き身の剣を右手に構える。その様子を面白そうに見やってから

「アンタんとこの、お姫様は元気?」
「…誰の話だ」
「真子羅」
 氷花の口から出た名前に初めて反応し、眉をひそめる。
「なぜ、その名を」
 実質現清都の実権を握ってるとはいえ、公の場に一度も出たことのない、その名を。
「翠藍の、お友達」
 すまして答える氷花の顔に、絶句したまま、しばし固まる。
「な、んで」
 声がかすれるのを、面白そうに見上げて
「お久しぶりって、言ったほうが良かったかしら?」
 アンタでもそんな顔するのねぇ、なんて言う声は完全に揶揄いの色で。
「そんなことが、あるわけが…」
「今、目の前に起こってるわよ」
「お前、何者だ…?」
「成長しない人種もいるってことよ」
「馬鹿にするな」
 ぴたりと視線を氷花にあわせて、抜き身の剣を向けてくる瀏斗の黒い瞳を不敵に見返して、笑う氷花の顔はどうみても瀏斗よりも年下で。
 けれど、あの幼い日に、翠藍の友だと紹介された少女は瀏斗よりはるかに年上ではなかったか。
 前清姫沙里阿の、今の清都の実質的な王の真子羅の、親戚筋に当たるという女性の、もうとうに亡くなった顔が浮かぶ。
 ……そういえば、あの時あの少女は一体どこからやってきたのか。今ほどではないにしても、外界との接触をなるべく断ちながら暮らしてきた清の一族の中にいて、いつのまに彼女と翠藍は友と呼び合うような仲になったのか?考え出せば、きりのない疑問が心を埋めつくす。

「年をとらない?」
 そういう特異な能力は、誰が持つ?
「…斎王…」
「あら、知ってたの」
「まさか……」
 お前が、という呟きはすんでのところで飲み込む。
「人を見た目で判断するのは、懸命とは言えないわね」
 見上げる視線を、見返す。
「藍嘩を、どうしたいのかは敢えて問わないけど」
「邪魔するというなら、排除するまでだ」
「私は、受けた依頼をミスったりしない」
 斎の一族は、どんな依頼でも必ずやり遂げる、それがルール。たとえ何人死のうとも、依頼内容を完遂するまでは怯むことなく引くことなく。
「…お前たちのルールなど、百も承知」
 だが
「こちらにだって負けられない理由は、ある」

 静かに剣を構えて、間合いを測る。切っ先を氷花から外さずに、視線をそらすことなく。
「清都の奴らは、どうしてこうも頑固なのかしらね」
 軽いため息と共に吐き出された言葉にわずかに眉をひそめる。
「お前こそ、なぜ邪魔をする。これは清都の問題だろう」
「お願いされたからね」
「そうやって、他国のことに首を突っ込むのが斎のやり方か」
「それは、聞き捨てならないわね」
 瀏斗の言葉に鋭く反応して、睨みつける氷花を冷静に、見返す。
「依頼をうけた、それだけよ」
「もうすこし仕事を選ぶべきだな」
「そっちこそ、夢占いにばっかり頼って生活するのやめたら」
「なんだと…?」
「アンタたちは、どうしてあの子を狙うの」
「……前清姫の占のお告げだ」
「国を滅ぼすっていう?」
 無言でいるのは、肯定の意と勝手にとって、言葉をつなげる
「その占を、アンタは自分の耳で聞いたの?」
「清姫の占を聞けるのは一部の長老たちだけだ」
「じゃ、聞いてないのね」
「…」
「占は、なんて告げたの?あの子が、清都を滅ぼすって?それとも、あの子の代で、清都が亡ぶ?」
 ほんの小さな差だけれど、だいぶニュアンスが違うわよね、とくるりと瞳を動かす。
「アンタがそんなに必死に守ろうとしてるものは、何?」
「……何を」
「国?土地?民?清都という名前?」
 ひた、と見上げる氷花の視線に気圧されるように、わずかに視線をそらせた瀏斗に追い打ちをかけるように、言葉を続ける。
「アンタは、本当に全体が見えてるの?」
「黙れ」
 氷花の言葉を打ち払うように、わずかに頭をふって。
「黙らないわ。アタシたちの稼業を舐めてもらっちゃ困るのよ。アタシたちは獣を従える獣の一族よ。この世界のどの一族よりも鼻が利く。あの子からは僅かだって死の香りがしない」
 だから、といったん言葉を区切って
「間違ってるのは、アンタたちのほうよ」
「聞く耳もたん」
「まだ、わからないの?!」
 きつく睨む瞳は僅かないらだちと、怒りを含んでいて
「したたかになれと言っているのよ。アンタたちの持つ能力は特殊だわ、狙われることも多い。……そして、ゆるやかに滅びに向かってることはもう、否定のしようがない」
 閉ざされた土地のなかだけで今まで生きたこれたほうが不思議なくらいなのだから。
 もう、逃れようのないくらい追い詰められた国。きっと、梁國が狙いを定めた今、逃れる術はそう多くもないだろう。
「国を護りたいのか、土地を守りたいのか……そんなもの、捨てたっていい。ただ、アンタの一番大事なものを護りきれないなら、あの子を殺すことに意味なんてないでしょう?!」
 強い言葉に、言い返せず黙ってたつ瀏斗が、一瞬瞳を伏せる。
 それからふっきるように顔を上げて
「今さらだ」
 俺は、俺の思う通りに、信じた道を行く。ここで投げたら、真子羅はどうなる。
「……っ、この、わからずや!」
「なんとでも言えばいい。ただ、ココは譲れない」
 強い瞳が氷花見据えて、あらためて刃が狙いを定めた。
 その切っ先がそれることの無い様子をしばらく見つめてから、氷花は小さく息を吐いた。
「−−あんたたちの使う剣は美しいね」
「−−?」
「清都で有名なのは清姫を初めとする清都の女たちが操る先見の力だけど、清都の男がその身に隠す剣も、魅力的ね?」
「何が言いたい?」
「身を鞘にして、身体能力や潜在能力に比例した身体にぴったりの剣を身に隠す。折れることも無く、歯がこぼれる事も無い。成長のたびに鍛えなおす必要も無い」
「……」
「自国しかしらない、無知で愚かな美しい剣」
「……お前、」
「思い知ればいいわ、世間には上手がいるってことを」
 激しく強い視線が、狙いを定めた。


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