Act04-01

 叉牙と甲斐が騒動を繰り広げている同時刻。

 藍嘩達が身を身を潜めるフラットの一室。
 不機嫌を前面に押し出して隠そうともしない氷花と向かい側のソファにこれまたむっつりとした表情で座るユウリの姿。それを脇からはらはらと見守る藍嘩のようすに、目もくれずに刹那とキリが外の様子を伺っている。
「好きにしていいとおっしゃったのは、氷花ですが」
「あの時と今とでは状況が違うでしょ」
 叉牙と甲斐が戦闘を始めたことを、刹那が使役する風精が察知して連絡してきたのは少し前のこと。それを聞いた氷花が、ユウリたちにやはりも戻れと言ったのを発端に、氷花とユウリの間で帰れ帰らないの押し問答が続いている。
「これは私達の意思でやってることで王の命令とは関係のないことです」
「あのねぇ!」
「王が王の都合で動くことがあるように、私達にも私たちの都合で動くときがあっても良いと想いますが」
「駄目よ!そんなの許されるわけないでしょ?」
 深い溜め息をついたユウリが、埒があかないと呟く。

 そのとき、窓の外を伺っていたキリと刹那が同時に身動きする。キリは藍嘩のほうへ、刹那は氷花のほうへ。
 キリが手を引いて藍嘩を部屋の奥へと引っ張っていくと同時に刹那が氷花を問答無用で抱えあげて一歩横へ飛ぶ。その様子を見てとったユウリもその場から跳びすさって逃げる。
 計ったようなタイミングで、弾丸ともレーザーともつかない衝撃が部屋の中央、丁度氷花とユウリが居た近辺を直撃した。
「…なに…?!」
 驚いた藍嘩が声を挙げるのと同時にキリが更に強く手を引く
「こっち!はやく…!」
 ユウリが身を隠す方へと藍嘩を押しやって、その身を背にかばうようにたつ。
「…どこのよ?」
「湮だろ」
 今の波動は魔法っぽい感じだ、と呟いた声が思いのほか耳の傍で響いて、ぴくりと肩を揺らし、腕の中に抱え込まれたカタチの氷花が腕から抜け出そうと身動きする。
「第二波がくんじゃね?」
 ちっとじっとしてろと、押え込まれるのを、睨みつけて
「状況がわかんないでしょ?!」
 離しなさいよと、もがく。部屋内の爆風が収まるのを待って目をこらした先に居たのは、まだ幼さの残る少女で。
「やってくれるじゃないの」
 ぼそっと呟いた氷花の声は風にまぎれて消えた。
「やっとご対面だね」
 にっこりと愛らしい笑顔を向けてくる少女に視線をあわせたまま、氷花が鋭い声を飛ばす「…ユウリ!」
 声に弾かれたように藍嘩を連れて走り出したユウリの背を追う少女の間に立ちはだかった氷花が、不敵に笑う。
「悪いけど、アンタの相手はアタシよ」
「そこ、どいてよ」
「イヤよ」
「…っ!この…!」
 氷花の態度に業を煮やしたのか少女が右手に構えたロッドを振るう。
 途端一陣の烈風が巻き起こる。少女の動きを何の感情も示さず静かに見守る氷花の周りに、烈風とは違う風が緩やかに吹く。彼女の体を護るかのように。
「…余計な事してんじゃないわよ」
風精(ふうせい)が勝手にやってんだよ」
 まるで取り合わない刹那を軽く睨んで、なおも言い募ろうとしたところを
「よそ見、してる場合じゃないんじゃないのぉ?」
 という声に遮られる。
 そのまま何事かを呟いた少女の手が空中で印を結ぶと同時に、風が刃となって氷花と刹那の方へ押し寄せる。
「…キリ、隠れてなさいっ」
 声をかけると、氷花は地を蹴る。
 威嚇のつもりで振り上げた足にもひるむことなく少女は冷静に見据えて、うしろへと跳躍する。
「…やるじゃない?」
「子供だとおもってバカにしてた?」
「まさか」
 にっこり微笑んで、今度は捕まえる気で手を伸ばす、が今度も少女の体はふわりと宙を舞う。すり抜けた腕を忌々しげに見つめて
「魔法って、便利なのねぇ」
「だから使ってるんだけど」
 ふわふわとまるで重力を感じさせないかのごとく空を跳ぶ少女の体には自らでかけた風の魔法。時折強く吹いて氷花の体を傷つけようとするも、彼女の体を包む穏やかな空気の流れがソレを許さない。
「…湮までがお出ましだなんて予想外だわ」
 ひらりひらりと舞うように攻撃をかわす少女を追いながら、悔しげな口調で氷花が呟く。
「様子見に来ただけだよ」
「これのドコが様子見なのよ!」
「…途中で気が変わったの。ほかに持っていかれるくらいなら、ウチがもらったほうがよさそうだから」
「…あんたねぇ」
 ひゅっと風をきる音がして、氷花の右足が空を蹴る。
「埒が明かないってこういうことよね」
 少女がポツリ呟いて、ロッドを翳し、短く一言
「風よ」
 言葉と共に強風が吹いて少女の体が掻き消える。
「…!待ちなさい!」
 声を発したときにはすでにとき遅く。細い姿はもうどこにもない。
「失敗したわ」
「まかせろ。どこいったか検討はつく。」
 氷花の肩を軽く叩いて刹那が走り出す。
「殺さないで…!」
「解ってる」
 精々ご丁寧にお帰り願うよ、と言い置いて刹那が出て行く。
「じゃ、アタシ達はユウリの後をおいましょうか」
 キリに向き合って言った氷花の背後から、一閃。
「氷花!」
 軽く身を沈ませてソレを避けた氷花が振り向くより先に第二撃。それも横に跳んで避けてから、間合いを取る。相手を見据えて、口を開くよりも先に
「…娘は、どこだ?」
 黒い瞳が言葉を発した。


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