Act03-04

 あけて、翌日。天気は上々。
「そんじゃー、再チャレンジといきますかぁー」
 と間延びした甲斐の声にあっさり、そうだなと呟いて、宿をでた瀏斗と甲斐が歩き出してまもなく。

「瀏斗」
 呼びかけに立ち止まる。振り向いて、なんだと視線で問う。
「…叉牙だ」
 小声であごをしゃくる甲斐の視線をたどると、何か一点をじっと見つめたまま動かない、一つの影。
「…?何して…」
 言いかけた言葉を飲み込む。  叉牙と対峙するように、佇む一人の少女。歳はまだ、13、4歳くらい。日に透けるとオレンジに近い色になる茶色の髪を顎の位置で切り揃えた顔はまだあどけない。
「ありゃ、湮のだな」
 手にもつロッドを見ながら甲斐が呟く。
 複雑な古代語などを用いて世界に存在するあらゆる物質が持つという力−魔法−を使う湮の民を、魔法師とも呼ぶ。剣とも棍とも違う様相を呈するその棒状の武器は、魔法師が好んで使う、術を呼び出すための媒介。少女の口から聴こえる詠唱は、きっと術を発動させる為の言霊。
「…叉牙は、なんで立ち止ってるんだ」
「たちどまってるのか、動けないのか」
 甲斐の呟きが終わるよりも一瞬早く少女のロッドが発光して、ロッドの先の球状の飾りから、一筋の光の矢が放たれる。応戦するように、叉牙の右手の召喚装置が閃いて、瞬時に盾が召喚される。
 矢がうせると同時に地面を蹴って走り出した叉牙に、少女が連続して攻撃しようと身構える、それよりも一瞬早く叉牙のブレードが横薙ぎに繰り出されて。少女の体が掻き消える。
「ザンネンでしたっ」
 瞬間的に魔法で自らの身をブレードの間合いの外に飛ばした少女が、小ばかにしたような表情で、笑う。
「そっちのオニーサン二人も、黙って覗き見してるなんて、趣味悪いね」
 ちらとコチラを見遣ってにっと笑う表情は歳相応に無邪気な顔。少女の声に反応して、こっちを振り返った叉牙があからさまに嫌そうな顔をする。
「…なんだよ、お前らもお出ましなの?」
「たまたま通りがかったんだよ。テメェこそなんでこんなとこで遊んでやがる」
 答える甲斐の声に割って入って少女の声が被る
「お姫様に一番乗りで逢いに行くのはあたしなんだから。邪魔しないでよね」
「るせっ!俺はもう昨日すでに逢ってんだよっ」
「うっそぉ!ちょっとずるいじゃないの…!」
 二人のどこか場違いなやりとりに、固まりかけた瀏斗と甲斐が、叉牙の言葉に反応する。
「逢った、のか?」
「逢ったぜ?」
 にやりと笑う叉牙に、渋面を作った瀏斗が一歩踏み出す。
「口説きに行くのに、あんたの許可はいらねぇだろ」
 してやったりの笑顔で、叉牙が言い放つ。途端に、怒りの色をあらわにした瞳に、甲斐が瀏斗の腕を引く。
「…遊んでる場合じゃねぇんだって」
「…オマエ、先に行け」
「そんでもいーけどさ。あのお嬢ちゃん、とっくに行っちまったぜ?」
「しまったあぁ!!」
 愕然と叫ぶ叉牙に、軽く噴出した甲斐が緊張感ねぇなぁと笑う。
「アンタもだろ」
 と返す叉牙をちらと見て、瀏斗が無言で立ち去ろうとする。
「オイ、逃げんのかよ」
 叉牙の呼び止めには、甲斐が答える。
「オマエの相手は俺だとよ。残念だったなぁ」
「あー?マジカよ…」
「んな、嬉しそうな顔すんなって」
「ドコがダ!」

「…甲斐、後でな」
 小さな呟きを残して、瀏斗が走り出す。其の背を、追おうとして、前に立ちはだかった甲斐に、軽くしたうちをした叉牙が
「手加減なしだぜ?」
 にやりと笑って
「当たり前だろ?」
 と返した甲斐が静かに、腕から剣を引き抜く。

 二人の間に降り注ぐ陽射は暖かで、黙って対峙する様は一見すれば親友同士のようでもあり。--ただ、互いが武器を構えてることを除けば。
 すぃと細められた叉牙の瞳に一瞬真剣な色が加わり、双方の間を緩い砂塵が吹きぬける。ジワリと身動きをしたのはどちらが先だったか。


page top