Act03-03

「刹那と落ち合うまで時間があるから此処で待機」
 そいういいおいて、ちょっと様子を見てくると氷花が姿を消すと、藍嘩は誰にも聴こえないよう小さくため息をついた。
「つかれましたか?」
 ふいに問いかけられた声に反応して顔を上げると、ユウリが目前で心配げな表情を覗かせていた。キリは氷花が姿を消した方角を心配げな表情で見つめている。
「そんなこと、ない…です」
「それならばいいけれど」
「…ユウリ」
「なんでしょう?」
 穏やかに微笑む
「…氷花は…斎の一族は、清姫、を狙ったりしないの?」
 問いかけに僅かに驚いた色を浮かべ、ついで何を言うのかを瞳を瞬かせたあと、かるく噴出す。
「狙いません」
「…なぜ?」
「必要がないから」
「?」
「氷花はああ言ってますが…闇に生きるのが最も安全で生きやすいのです、私たちは」
 言葉を理解しかねる風に小首をかしげる藍嘩に、相変わらず優しげな視線をむけ、
「大いなる力は余分な争いを呼び、過ぎる力は迫害を生むだけ。だから契約の名のもとでしかわれわれは動かないと知らしめておけば、我等を追うものも支配しようと言うものもいません。ルールを護りさえすればいつでも味方になるのですから。…そうすることで、世界との間に壁をつくり、一族を護ってきたのです。国をもたず、敢えて山や林に住み。」
「だから、必要ない?」
「そう、世界を支配したいわけでも大きな力がほしいわけでもないから」
「私は…イマイチ実感わかないな」吹き抜ける風に一度だけ瞳を伏せる。
 自分ひとりを捕らえたところで本当にそんな大きな力を手にできるものだろうか。国一つを手に入れるに値するような?…大げさすぎはしないか。
「世界を支配する?」
 たった一人てにいれただけで何がかわるというのだろう。


「…気が済んだかよ…?」
 部屋中をくまなく探し、それでもまだ諦めきれない様子の二人に背後から刹那が声をかける。
「検討ちがいじゃねぇのか、此処には居ないって」
「…そのようだな。また、日をあたらめよう…」瀏斗が静かに立ち上がる。
「なに、まだ諦めてねぇのかよ」
「確実に見つけ出さなければならんからな。…すまないな、邪魔をして」
 瀏斗が立ち去ろうとするのに、甲斐も続き、玄関をでる間際、刹那が声をかけた。
「せいぜい、頑張んな」

 そして、扉が閉まった。

「さぁって…どうすんだろうな…」
 刹那が誰に言うでもなく呟く。
 あの様子では全然諦めたようには見えないし。きっとまた近いうちに来るだろうし。叉牙も一度で諦めたりしないだろうし。他にも何件か気配を感じる………
「ったく、ココ気に入ってたんだけどな」
 言いながらフラットをぐるりと見渡す。
「ここも売り払って…場所を移動したほうがいいだろうな」
 行動は早いほうがいい。


 刹那の元から帰りながら、甲斐が瀏斗を振り返る。
「どう思う?」
「…五分ってとこだが…知ってる可能性はあると思う」
「だな。日を改めてもう一回行ってみっかぁ〜」
 云いながら腕を上に延ばし大きく伸びをする。その仕種を見てすこし苦笑しながら瀏斗が甲斐に云う
「なんだ、随分のんびり構えてるんじゃないか」
「ちっげぇよ!これでも色々考えてるんだぜ、俺ァ!こう、頭をフル回転させてだな、今後の作戦を……」
「普段使ってないからちょうどいいじゃないか」
「おう、そうなんだよ………て、コラ!どさくさにまぎれて失礼ぶっこいでんじゃねぇぞ。……てめぇがちょっと俺より頭いいと思って……」

 やいのやいの言い合いながら歩いていく二人を、通りに面した宿屋の窓からのぞき見ていた叉牙があきれたように呟く。
「へったくそな漫才じゃあるまいし」
 あの、背の高い男は、たしか瀏斗と云った筈。隣は甲斐。
「やっかいな二人が来てんなぁ。あーあ!やっぱいくら上司命令だからって、引き受けるんじゃなかったなぁ……」
 ぼやきなら室内に戻り、ベッドに倒れこむ。ベッド脇のサイドボードに放ってあったヘッドホン型の通信機を耳にあて、電源をONにする。
「…白牙?聴こえるか?」


 瀏斗達が出て行ってからたっぷり1時間たってから藍嘩たちが帰宅してきた。
「どう?ちゃんとごまかせた?」
「あー…とりあえず、な。でもまだ全然納得してねぇみたいだし…移動したほうがいいかもしんね」
「そこを納得させるのが、刹那の役目でしょう?まったく…!」
 云いながら、書棚から地図をとりだし、刹那の前に広げる。
「で。どこへ行く?」
「そだなぁ…あんまり移動してもなんだしな…F26区の方に一旦身を潜めてから…」

「どこへも行かなくてイイよ」
 二人の会話に割って入るように藍嘩がいう。
「…私のせいで、皆に負担をかけることになるのはイヤなの」
 刹那が何事かを云おうとクチを開くよりはやく、氷花が藍嘩に向き合う。
「だったら余計に移動してもらわないと困るわ。ココはね、もともとユウリとキリの家なの。私と刹那は定住しないから今居候させてもらってるけど。それに、F45地区はこのスラムのなかでもとりわけ人が多くすんでる地域なのよ、ここにアンタ狙いの奴らが押しかけて鉢合わせでもしたらどうする気?関係ない人まで巻き込むハメになってもいいわけ?」
「……氷花」
 刹那が氷花を咎めるように腕を掴む。
「だったら、私だけが出て行けばいい話しじゃないの?」
 藍嘩の台詞を聞いた氷花が大きくため息をつく。
「あのね、そういうつもりだったら初めからアンタをつれてきたりしないわよ。いい?アンタも護って、関係ない人を巻き込まない為にアタシと刹那は話し合ってたのよ。大丈夫、アタシと刹那はなれてるから、こういうの。気にしなくていいわ」
 ちょっと表情をやわらげて氷花が言い聞かすように藍嘩に微笑む。
「…でも」
「でも、もへったくれもないのよ。アンタがちゃんと自分で行き先を決められたら、お返しはきっちり頂くからね」
遠慮する藍嘩の腕を軽く叩いたあと、氷花はユウリに向き合う。
「二人はココに残って。いい?今日の二人組が来ても、知らないって云うのよ?あんたたちは顔も見られてないし、関係ないフリをしなさい。」
「氷花、それでは…」
「かばってるわけじゃないわ。あんたたちには仕事があるでしょう。逐一報告は忘れないで。藍嘩の件はアタシが個人的にやってることだから、仕事じゃないもの。依頼がはいったらすぐ連絡するのよ」
「そうは参りません。氷花……」
「ユウリ、コイツは一旦言い出したら聴かないんだ。だまって従っとけ」
「刹那まで…何を云うんです。」
 ユウリは軽く刹那をにらみながら、なおも氷花に言い募ろうとする
「ユウリ?アンタにはキリもいるのよ」
 そういわれたユウリの動きが止まる。
「ですが……。」
「俺、足手まといになんかならないよ」
 ユウリの隣で、静かにキリが言葉を発する。その目には強い力がこもりじっと氷花を見上げていた。
「絶対、ならない。だから連れて行ってよ」
「キリ…」
 珍しく狼狽した氷花の横顔にちらりと視線を送って、刹那が肩をすくめた。
「氷花の負けだろ」
「…なんでよ」
「そこで、即言い返せないから」
「……。」
 あ〜、もう!と目をとじ、軽く首を横に振ってから、氷花は目を開け、ユウリとキリをにらみつけた。
「好きにしたらいいわ」
 やったぁ!と飛び上がって喜ぶキリに思わず藍嘩が小さく噴出す。
「…なによ、藍嘩まで」
「なんか、皆をみてたら、あんまり深刻に悩むのが馬鹿みたいに思えてきた」
「笑い事じゃないわよ、事態は深刻よ!…まったく、緊張感が足りないわ、緊張感が!」
「…オマエに云われたくネェよな…」
「刹那!それ一体どういう……」

 夜明け前には目的のF26区のフラットへもぐりこみ、ようやく一息つく
「藍嘩、寝ておいたほうがいいよ。明日も、きっと来るだろうから」
 誰が、とは聞かなくてもなんとなくわかる。今日の叉牙みたいなスカウトがくるんだろう……。
 布団に入っても藍嘩は一人寝付けずにいた。
 もし、もしも。私にもっとはやく、清姫の力があるとわかっていたら。ねえさんは、あんなことにならずにすんだんだろうか。


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