Act03-02

 2度、チャイムが鳴ったところで、刹那が氷花を振り返った。
「早くしろ」
「…任せたわよ。ユウリ、キリ行くよ」
 二人の会話を合図にそれぞれが動く。氷花が藍嘩の腕を取って云う。
「質問は道すがら聞くから、此処は従って。」
 そして、先ほどの叉牙と同じように窓から飛び出す。

 3度目のチャイムを鳴らしたところで、扉が開いた。中から現れた銀髪の少年を見て、外に立っていた男二人がそっと視線を交わす。
「この家の者か?」
 甲斐が口を開く。
「そうだけど、アンタ達は」
「…人を探しているんだが、知らないか?この辺で見たという情報があってね」
「さぁ。スラムには大勢人が居るんだぜ?いちいち覚えてらんねぇな」
「…女の子だよ。数日前から此処にやっかいになっているって聴いたんだが」
「…女、ねぇ。毎日ひっきりなしに来てるけど?小金出せば体売る女なんかごろごろいるんだ、ここには。」
 にやりと笑いながら云った刹那に、焦れた瀏斗が詰め寄る。
「…いい加減にしろ、隠し通せると想っているのか」
「よさないか、瀏斗」
 甲斐が瀏斗の体を押し留めるように二人の間に割ってはいる。そこへ刹那の声がかぶった。
「アンタこそ、礼儀が足んねぇんじゃね?人にモノをたずねる態度じゃねえだろ、それ」


 フラットの玄関先で、刹那が瀏斗たちの相手をしている間に、氷花たち4人はフラットとは正反対に位置するスラムのはずれのほうへ来ていた。
「…聴きたい事があるんなら、どうぞ?」
 氷花が未だ難しそうな顔をしたままの藍嘩に声をかける。
「奴らの足は刹那がとめているし、此処までは追ってこれないだろうから。」
「…斎の一族って?」
「あたしたちのこと。清都の民みたいに、特異な能力を持っている一族のことよ。人外の生き物である“獣”を使役するの。」
「獣」
「そう、刹那も獣なのよ」
「…え?」
「斎の一族はね、元々とても高い潜在能力を持っているって云われてる、でも清都の民のようにそれを自分で使う事ができないのね。そのかわり、人外の“獣”と交信することに長けていたから、何とかソレを生かそうとして、獣を使役することを考え付いた。獣を使役するかわりに、私たちは自分の血肉を死後獣に与えると約束する。獣は宿主が死んだ後に与えられる血肉、そして“力”のことを考える。そこで獣が是といえば契約は成立。獣には“力”が与えられる事が約束され、私たちには獣が手に入る。」
「……どういうこと?」
「獣はどんなに下級のモノでも人とは比べ物にならないくらいの能力を持っている。運動能力、生命力、回復力。寿命だって比べ物にならないくらい長い。それらの全てを契約によって自らの身へ引き落とす事ができるの、私たちは。そして、この世界で身を保つのが難しい獣たちは、斎の民と契約するしたあとは斎の民の血肉の中に住むのよ。そうすることで、コノ世界での実質的な肉体を手に入れる。それから獣と契約すると、斎の民には獣のもつ特異能力と少しの怪我や病気では死なない体と人並みはずれた運動能力が手に入る。ソレを生かして、仕事を請ける」
「……仕事」
「暗殺とか誘拐も仕事のうちだけどね。色々あるわ。どこまで受けるかは報酬次第だけれど」
「…暗殺」
「敵対する国のおエラいさんを狙ってくれ、とかね」
 あっけらかんと答える顔からは何の感情も読み取れない。口調だって、世間話をするのとなんらかわりがない。
「そんな……」
「誰であろうと、依頼であれば殺すのが掟よ。」
 藍嘩は軽い頭痛を覚えて目を閉じる。こめかみがジワリと痛む…もしかして、自分はとんでもないところへ迷い込んだのではないだろうか。
「ま、誰の依頼でもホイホイ受けれるわけじゃないわよ。アタシたちは高いからね」
 そんな藍嘩の様子に気付くそぶりも見せず、氷花は明るく笑った。
「流れを読み、どうしたいか考える。何よりも重要なのはソコよ。」
「…その決断が間違うことは」
「正しいかどうかじゃなくて、どちらからより多くの報酬を受け取れるか、命を懸けるに値する仕事かどうかを見極めるだけ。仕事が終われば、関係も終わるもの。アタシ達は獣を従えるのよ。その一族がにおいをかぎ分けられないとでも思った?」

 氷花の顔を見たまま、しばらく黙った藍嘩はそのまま目をそらすことなく、聴いた。
「私が清姫っていうのは…本当のこと?」
「本当のことよ。」
 あっさり肯定してまっすぐ藍嘩を見据える。
「こんな事はハジメテだから、アタシにもどうすればいいかなんてわからないけれど、とにかく前代未聞のことであるのだけはたしかよ、前清姫が崩御して跡継ぎはアンタしかいないのに、そのアンタをこともあろうか同族が狙っている。…多分、前清姫が崩御の際にみた先見が発端なんでしょうけれど」
「……先見」
 小さい頃、何度か見かけた事のある清姫の姿を頭に思い浮かべる。とても優しそうな人だったのに。それなのに、あの人は私を殺すようにと遺して死んだというのだろうか。真子羅も、そう云ったのだろうか。

「清姫が清都を離れてこんなトコにいるなんて、ハジメテの事だからさっきの叉牙みたいなスカウトが沢山くるわよ。…よく考えておく事ね、どうするのか」
「どう…て……?」
「国に戻るのか、他国に移るのか、よ。」
「…もし、仮に私が清姫だとして…他国へ移る…とどうなるの?」
「その事が世界的に有名になれば、その国に清都は統合あるいは従属したとみなされるでしょうね…」
「だから、清都の民は私を殺しに来るの…?」
「前清姫の詳しい先見はしらないけれど、アンタをやすやすと清姫の座につけるわけには行かない内容だったのでしょうね…だから命を狙ってるんだと想うわ。そして、他国はその状況を冷静に見極めて、すきあれば自国に清姫を取り込もうとしている。生きたままもし清姫を味方に引き入れる事ができれば、もう清都は手に入れたようなものだもの」
「自国の民にすら支持されてない王を招き入れて、どうするっていうの?」
その言葉に少し目を細めた氷花は藍嘩の傍へよって会話をつなぐ
「正直に言えばね、清姫の力があれば、多分清都という国そのものにはそんなに魅力があるとはいえない。他国が何よりも欲しいのはまず、清姫なのよ。…だから、歴代の清姫は国から決してでることもなく、他国のものとの謁見も許さなかった。…清姫が美しいなんていう噂が立ったらそれこそ大変だもの。欲しい力も手に入ってさらにその本人が美姫だなんて知れたら、ますます敵が多くなっちゃうし」
「清姫って、そんなにスゴいの?」
「他の国が欲しても手に入らない特殊な能力があるからね。未来を予知できるのって使い方によってはものすごい有効なのよ?」
「でも、私が清姫だって、私自身だって知らなかったのに……」
「それは、アンタの周りにいた人たちがうまく隠してたからでしょ。清姫にしたくない理由があったのよ…きっと。もしかしたら、命を狙われることを知ってたのかも」
「え?」
「さっき来た叉牙の国もそうだけど…外野はね、どうして新しい清姫が即位しないのかずっと不思議だった。いくら閉鎖的な国だっていっても、王の崩御は隠し通せるものでもないし、崩御が知れてしまったからには新王の即位を大々的に知らしめたほうがメリットは大きい。王が居ない国は付け入られるからね。」
「……」
「そのうち、清都の連中は新王探しに躍起になってるって情報が流れた。…それを聞いた外の連中は喜んだわ、凄く。清都の連中よりも早く王を見つければいいんだもの。−−血筋で王を決める国とは違って、清都の王は占でだけ選ばれる。即位式なんておまけみたいなものだし、清都の民は占で決まった王を否定することはできない。本人さえ取り込んでしまえば…ってね。」
 俯いた藍嘩に下から覗き込むような角度で氷花が様子を伺う。
「アンタは、まだ正式に覚醒してないからね、肩書きだけが一人歩きしてるけれど。間違いなく清姫の器なのよ」
 真剣な眼差しで紡がれた氷花の言葉だけがポツリとその場に落ちて、あとは静寂がその場を支配した。

 だったら、どうして私は姉を守りきれなかったのだろう。予知なんて、すこしもできなかったのに。


page top