Act03-01

 藍嘩が氷花たちのところへ来てから遅れること数日、瀏斗と甲斐も藍嘩の後を追い、スラムへと到着していた。
「…どうだ?なんかわかったか?」
「何日か前に少女が一人このスラムに来ている。F45地区にある家に今は厄介になっているらしいが…さっき聞いた話からすると、背格好は似ているな。」
「…ビンゴ、だといいな。」
 軽く肩をすくめておどけたように呟く甲斐に、瀏斗はちらと視線を向けて、そうだなと呟く。
 元来感情をそんなに表に出すようなタチではないので、表情からは真意までは読み取れないが、幼馴染という間柄、焦りと苛立ちをその表情の中に僅かに読み取り、甲斐はことさら明るく言う。
「さっさと片付けて、国へ帰ろうぜ、瀏斗。」
「そうだな。国のことも心配だ。」
そうして瀏斗は険しい視線をF45地区のあるほうへ向けると先にたって歩き出した。
「そういえば、梁國の方はどうなんだ?甲斐」
歩きながら瀏斗が連れの男に話しかける。
「今のところ、様子見だけみたいだけど、一人見かけた。あいつ、きっと“叉牙”だ。見たことある顔だったし」
「“叉牙”か。やっかいだな…仕掛けてこないならいいが…」
「とりあえず、梁國はおいておけ。任務が遂行できればいいんだ。」
「そうだな」


 その頃、氷花たちのフラットに一人の来客があった。
「スカウト?」
 藍嘩がまるで話が飲み込めないという顔で聞き返す。正面にすわった少年はまだどこかあどけなく、人懐こそうな瞳をちょっと細めてわらった。小さく身動きするたびに、緑灰の髪の毛が揺れて、薄いグレーの瞳が楽しげに細められる。
「そう、スカウト。君の能力を是非生かして欲しいと想って」
「私の能力って、何?」
 俯きながら藍嘩が小さくたずねる。氷花が藍嘩の隣に腰掛け、肩をそっと叩く。
「…もしかして、何にも知らない?」
 その仕種をみやった少年が驚いた声をあげる。
「…アンタも、何にも云ってないの?」
「こんなに早くオファーがあるとは想ってなかったもの。相変わらず迅速なのね」
「フットワークの軽さが売りなんだよ、オレは。…そうか、じゃあ、君はこの子が何者かも知らないんだ?」
 と少年が氷花を指差しながら問う。
「何者…て?」
「いう機会が無かっただけよ。まだ此処で暮らし始めて一ヶ月もたっていないのよ」
「それはそれは。」
 少年が意味ありげな微笑みをみせる。
「この人はね、こう見えても偉い王様で、凄く強いの。お金を積まれればなんでもやる、何でも屋でもある。暗殺、誘拐何でもござれ…斎の一族って聞いたこと無い?」
 にこやかに物騒な台詞を織り交ぜつつ、説明ともカラカイともつかない口調で説明する叉牙に、藍嘩はキョトンとした表情をみせる。
 脇に座る氷花は一瞬叉牙を睨むような仕草を見せたものの、特にクチははさまない。
「…叉牙、なんだったら今すぐここからたたき出してもいいんだぜ?」
 今まで藍嘩達の背後で黙って話を聞いていた刹那がクチをはさむ。
「オーケィ、これ以上は云わない。とりあえず、用件だけ言うよ。君はね清都の王、清姫に選ばれたんだ。…このことは、もう聴いた?」
「私が…清姫?」
 ワケがわからないという顔で藍嘩が叉牙を見つめる。
「そんなわけがないわ。だって…次期清姫は真子羅さまだって、皆いっていたもの」
「でも、実際の前清姫の最後の夢占で先見された清姫は、君だったんだよ」
 そんなはずはない、だって、あの青年は言ったではないか。命を奪いにきたと。
 ……自国の王の死を望む民がどこにいるだろう?

 事態を把握できていない様子の藍嘩に気づいたのか、叉牙がさらに言い募る。
「清都ではね、ずいぶん長い間次代の清姫が見つからなくてずいぶん探し回っていたんだよ。でも見つかったとたん、次の王だって予言された君は殺されそうになって、ここに居る…なんでだろうね?」
「…何か、知っているの?」
「さぁ、オレは見てきたことだけを述べているんだ。君が次の清姫に選ばれて、でも君は同じ清都の連中に命を狙われている。それが、何故かは知らない。清都の事情だからね。…でも、それらをみてきた上で、提案するんだ。藍嘩、君は梁國へ来る気は無い?」
「…スカウトってそういうこと。」
「そ。悪い話じゃないと想うけど?住む場所も身の保証も約束する。スラムよりだいぶ住み心地はいいと思うけどなぁ。」
 「梁國…」
 ぼんやりと言葉を繰り返す藍嘩に、隣に座る氷花が、控えめに声をかける。
「…梁國が最適とは言わないけど…あんたは清都には戻らないほうが賢明かもしれないわよ」
「え?」
「…清都の先見の力は確かに優れてるけど…それに執着しすぎるのは悪いくせだわ。あんたの国の仲間は、あんたを殺すと決めた以上は、それを曲げたりしない」
「……」
 泣きそうに震えた藍嘩の目蓋から、言いよどむように瞳を逸らす。
「せめて、ほとぼりが冷めるまでは国を出ることを考えたほうがいい」
「じゃあ、そうしよーぜ?」
 オーケィ?とにっこり調子よく笑みを浮かべる叉牙をあきれながら見遣りつつ氷花がため息をついた。
「叉牙、そろそろお客が来る時間なんだけど」
「そうみたいだね。鉢合わせする前に退散するよ。此処で顔をあわせるのはオレも本意じゃないし……藍嘩、考えておいてよ、また来るからさ」
 そういって立ち上がった叉牙は窓のほうに歩み寄る。そして窓を開けそのまま外に躍り出た。
「まったく、玄関から帰りなさいよ!」
 氷花の注意を笑ってかわしそのまま姿を消した


それと同時に、玄関のチャイムが、鳴った。


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