Act02-05

 倭都卯において、梁と並ぶ大国でありながら梁とは対照的に、いかなる諸国の動きにも沈黙を守る国があった。
 太古の昔より、神ではなく人の技、力、魔法を信じ鍛錬を積み生きてきた、湮の民。世界にある様々な物質に宿るという力を引き出すために様々な角度から研究し極める、その荘厳なまでの国民性とはうらはらな部分を多く持つ、彼らの王、李凪はその玉座でニヤリと笑ってみせた。
「やっと見つかったと思ったお姫様は、国を滅ぼすと予言されてあげく同族に命を狙われてるとはね…不憫なことだ」
 どこの国もだいたいそうだが、一時には一人の王。ましては占で王を選ぶ清都では現王が次代の王を選ぶしきたりである以上…
「現王を屠らないと次王がたたないってことか」
 一見便利そうに見えて不便なもんだねぇ、占いなんて。と独りごちたあと、扉が開く音にちらと視線を一瞬むける。


「来たね、凛涅」
「命令だもの」
 一見無礼にも見える目の前の小柄な少女のオレンジかかった茶髪をくしゃりとかきまぜて、朗らかに笑う。そうして
「オマエ、ちょっとスラムに行っておいで」
「え?」
 突然のことに目を丸くする少女にはおかないましに、可愛い子には旅をさせろというしねぇと一人悦に入ってうんうんとうなずき
「なぁにちょっと観光してくればいいのさ。ついでに偵察」
「なにそのついでって」
「スラムに清姫が降りてきてる」
大事な秘密事を打ち明ける口調のような、悪戯を持ちかける子供のような表情で
「梁と暁の間にある、でっかいスラムだよ…F45地区だったかな」
「偵察だけ?」
「自国を滅ぼすと占われた王だよ。オマエの手におえるものか」
「そんなことないもん!」
「そんなことあるんだよ」
ぶぅ、とふくれる顔に笑って、
「大事なお嬢をキズモンにするわけにはいかないしねぇ」
黙ってしたがっときな。じゃないとあたしが怒られるだろなんて笑うから
「誰に?」
「彼氏」
「な…だ、だれが…!!」
 おや、違うのかいとあっけらかんと笑ってから、いつの間にか大きくなったもんだよなぁとなおも笑いの収まらぬ様子の李凪に
「おばさん臭い!」
「誰がだい、失礼な!」
 李凪が大声を上げると同時に、彼女の肩にとまっていた白い巨鳥がばさりと羽根を動かす。
「ほら、黎が驚いてるよ」
「…ったく、クチばっかり達者になってくんだからねぇ」
 諦めとも呆れとも付かぬ口調でため息と共に吐き出した台詞のあと、ふと真剣な瞳になって。
「いいか、偵察だけだ。あたしタチは別に清都を手に入れたいわけじゃない。ただ事情が知りたいだけなのさ…スラムをさまよってるのがホントに清姫なのか、何で清姫は同族に追われてるのか…噂が正しいのか…。ウチに危害はないのか」
「…危害があったら?」

 ふと、不敵に微笑んで

「容赦すると思うかい?」


 風に乗り、旅立つ後姿を見送って。変わらずに肩にある巨鳥に声をかける。
「いって、見張ってな」
 無茶するからネェ、あの子。バサリと羽音が聴こえ、白い影が飛び去った後に舞う白い羽が一本。摘み上げて。
 さて、どうなることやら。
 裏では梁が動いてるという。梁王は、無茶はしない男だが容赦が無い。万事準備を整えてから動くようにみえて、案外衝動にまかせて突き進むところがある。
「昔のよしみで多少のやんちゃは許してやるけど…」
 こちらにまで火の粉が降りかかるような事態になったときは、覚悟するといい。


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