Act02-04

 夕方、日も暮れてから帰宅した氷花と刹那から、思いがけないお土産を貰った藍嘩は、その掌でずしりと存在を主張するものを絶句して見つめた。
「銃を見るのは初めて?」
 静かに問う氷花に戸惑いながら頷く事で答えを返す。
 ま、当然でしょうねぇとさほどそのことを咎めるでもなく頷いて
「安全レバーはこれ、引き金がこっち」
 言いながら、藍嘩に銃を握らせる
「腕はまっすぐ、視線を外さないで…しっかり伸ばすのよ」
 そのまま引いてといわれる言葉のまま、引き金を引く。
大きな破裂音と腕がしびれる感覚。
「てめぇ、氷花!あぶねーだろうが!」
刹那の怒鳴り声で、ハっと我にかえる。
「あら、当たった?」
「当たったら、こんなんじゃすまねぇ!」
「当たってないならいいじゃない」
「いいわけあるか!みろ、この壁!」
「…あら…困ったわねぇ…」
「〜〜!!」
 そんなやりとりを聞きながら、改めて手の中の塊に視線を落とす。
 ゾクリ
 冷たいものが、背中をはしり、投げ出すように手を離す。ごとりと思いのほか、大きな音がして氷花や刹那、キリとユウリまでもが注目する。
「…あ、あの…」
「使えないって言葉は受け付けないわ」
「……」
「ココはスラムよ。慣れれば住みやすいけど、危険も多い。自分の身くらい自分で護ってもらわなきゃ、困るの」
 わかるわね?と瞳を覗き込まれて。
今さらながら震えだした指先をにぎりしめた。そんな様子の藍嘩の肩をポンと軽く叩いて、
「明日からユウリに教わんなさい」
 残された掌の重みに、途方に暮れる。



 吹き抜ける風に髪がなびくのをそのままに、高い瓦礫のうえで佇む影一つ。家路を辿る氷花と刹那の立ち去った後、彼らの残す気配を探るように視線をさまよわせて。灰がかった緑の髪を掻き毟る。
「だぁー、っくそ!ぜんっぜん気配つかめねーし!」
 喚く声に、彼の耳につけた片耳だけのヘッドホンから、カラカイ交じりの声がする。その声は彼の声と瓜二つで
「なさぁっさけねぇの〜。凍冴にはあんなに大見栄切ったくせによぉ」
「うっせぇ!」
 そのヘッドホンから細く伸びた付属のマイクにがなり立てる。
「スラムがこんなにもがやがやしててやり辛ぇなんて思わなかったぜ…」
 珍しく弱気に呟く、片割れの様子にヘッドホンごしの声が「珍しい」と、わずかに驚愕の色を見せる。まぁ、人の数も多いしね、とついで紡がれた慰めとも取れる声音に、叉牙はへんっと無意味に胸をそらせる。
「心配いらねーぞ!オレはやるったらやる」
「してねーっての」
「…あっそ」
「おまえはさ」
 精々、想像力を磨いて、オレが武器を実体化させやすいように勤めればいいんだよと明るく笑う声。
「白牙」
「あ?」
「オレが言うのもなんだけどさー…」
「何」
「あんま、無理すんなよ?」
「…」
「…」
「いつも無茶させる奴が言う台詞かよ…」
「…!な…!!」

 くっくっとヘッドホンごしに聴こえる双子の弟の声に一人顔を赤面させ、一言文句でもどなってやろうと口を開きかけたそのとき、絶妙のタイミングで
「負けんなよ?」
「…当然」
 無意識に握る右手の甲に埋め込まれた召還装置(モデム)に力を込める。
 それが彼の唯一最大の武器。一人では動かす事の叶わない、梁が誇る魔法。一般的に梁の騎士は全員召喚装置を体内に埋め込み、転送回路(LAN)を通じて母体(マザー)と交信して武器を実体化する。通常マザーは巨大な電脳機械(ブレイン)であり、梁においての力の強さは即ち召喚装置と人体の相性、転送回路の通信速度と転送量に比例する。
唯一、双子間における通信を除けば。双子の間にある、いまだ解明できない謎。それは、人体−−−ひいては、神の謎。
 …などというときっと凍冴は嫌な顔をするのだろうけれど。

「神でも何でもかまわないし」

 そのオカゲで自分たちはこうして力を手に入れたのだ。双子の−−白牙と自分は。
 兄と慕う彼の王が、成し遂げようとするそのことのために、こうして自分は此処に居る。正しさも過ちも全部彼への信頼という言葉の前では意味を成さない。ならば、自分は出来る事をするのみ。

「それにしても」
 ぽつりとヘッドホンの向こうで白牙が呟く。
「自分の国の奴らに命狙われるってどんな気持ちだろうな…」
「考えたくもねー」
 心底、嫌そうな声で叉牙が答える。
 長年不在で、やっと見付かった自国の王を殺そうというからには
「なんか出たんだろうなぁ」
「ま、そう考えるのが妥当だろうね」
 白牙が幾分トーンを落とした声音で答える。
 本来歓迎してしかるべき王の出現を疎むほどのなにか。だが、
「ま、オレらには関係ないし」
 やるべきことをやるだけ、だろ?

−−いまだやまない風の向こう。


「…叉牙」
「あぁ」

 見つけた。


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