Act02-03

 キリと藍嘩が夕食の準備にいそしむ頃、氷花と刹那はスラムの一角にあるジャンク屋にきていた。
 一見使い物にならなさそうなガラクタしか置いていない店だが中には旧世代の遺品ともいうべき武器や機器が置いてあり、いかにそれを見つけ出すかというのも楽しみの一つであると店の店主は語る。
「やぁ、刹那、氷花。今日はなんか探しモンかい?」
 店の店主はスラムでも商売上手で評判の女店主で京嘉(キョウカ)といった。
「うん、何か使えそうなものを、ね」
「氷花はこの前レーザーブレード取り寄せたばっかりじゃないか。他に何か入用なの?」
「アタシじゃなくてね、新入りが来たからその子用。素人でも使いやすいのがいいんだけれど」
「…ワケあり?」
「まぁ、ね。多分近いうちにお客さんが来ると想うのよね。きっともう見つかっているはずだから。」
「素人なんだろう?……だったら、ひたすら逃げるのをオススメするねぇ」
 いいながら京嘉は店の棚をぐるり見回す。
「格闘系?それともブレードのほうが良い?」
 聴かれた氷花は肩をすくめて困ったように刹那を見上げた
「…どっちが得意かしらね?」
「…俺に聞くなよ、ありゃ訓練受けたことも無いぜ、きっと。」
 二人の様子をみた京嘉が軽くため息をつきながら
「たいていのコはね、訓練なんてうけてないもんだよ。ましてや外から来たコだろ?そんなコにいきなり武器持てっていってもね。」
「仕方ないんだよ。俺ら手出しできねぇから。自分の落とし前は自分で付けてもらうのが鉄則だろ。」
「ま、筋が通ってるけどね。…じゃあ、銃なんかは?安全装置付きで手をまっすぐに伸ばして固定すれば、まぁ当たるかな」
「…そうね。一番簡単かな。」
「あとは撃てるかどうかってことだけどね」
「それが一番重要かしらね。」
「頑張って教育するんだね。銃なら良いのがあるんだよ。チョット待ってな…」
 いいながら棚の奥のほうへ入っていた京嘉はすぐに何丁かの銃をもって戻ってくる。
「大きいのから小さくて扱いやすいのまで色々あるよ。」


 銃の説明に耳を傾けている氷花をそのままに刹那は店の外に出た。  空を仰ぎ見る。何かに耳を傾けるように目を閉じる。
 探している、気配がする。


 小さく何もないはずの空間にむかって何事かをつぶやく。…風が、わずかに動く。歌うような声が一瞬聴こえた後に、またもとの空気に戻る。
(風に頼んでおけば、まぁ状況把握は問題ないだろうし)
相手に裏をかかれるようなへまだけは絶対にしない。こっちだって裏世界に身をおいてるんだ。その気なら、とことんまで相手してやる。
 こんなときは、普段は意識もしない自分の能力に感謝する。どんなに複雑な呪文(スペル)儀式(リチュアル)でも成し得ない、自然に住まう精霊の力を操る能力を。


 …まぁ、でもスラムはただでさえゴチャゴチャしているから探すのも苦労するだろうなぁ、などとのんびりと考える。ご苦労様なことだ。
 氷花がつれてきた娘、藍嘩。氷花が一度だけ清都に行ったことがあるときに知り合ったという人の子供。見たがきりは普通の娘に見えたけれど。確かになにか持っている…ような気はする。でも、とため息をつく。
 人のことを放って置けない性格だし、基本的におせっかいだし、そういうトコも実は気に入っているけれど。手を出すべきではなかったのではないかと未だに想う。
 ただ一度だけという約束で助けてもらった恩返しに依頼を受けると氷花が言ったのはいつだったろうか。そのときの返事が、今の藍嘩。
 何が起きてもどんなヤツが来たとしても、傷つけさせる気などさらさら無いけれど。それでも付きまとうこの嫌な予感。胸の奥がざわざわする。獣特有の本能がキケンだと告げている。それはいったい誰に対してなのか、なにが危険なのか。

 京嘉の説明を一通り聞き、選んだ銃を持って外に出てきた氷花は遠くを見つめ険しい顔をしている刹那の背中をこづいた。
「顔が怖いよ、刹那」
「…氷花。いいのは見つかったのか」
「うん、軽くて操作が簡単なのにした。機能はシンプルだけどね。」
「そうか。…じゃあ、あとはなんか買うものあったか?」
「んー、無いけど…あ、乾燥機壊れたの知ってる?」
「げ、マジかよ。そりゃすぐには調達できねぇだろ。」
「うん、京嘉に頼んできたよ。いいのが入ったら取っといてくれるって。」
「じゃあ、帰るか?…あぁ、あっちの通りにさぁ…」
 氷花が触れた瞬間になんでもない顔を装った刹那。
 きっとまた。色々考えていたのだろう。この男は心配しすぎるから。力もあり誇りもあり、獣全てを統べ敬われる存在のくせに時々、ひとく心細そうな顔をする。心配をさせていることも大事にされていることも知っているけれど。だから気軽に大丈夫だなんていえないけれど、でも此処にこうして強く在れるのは、刹那のお陰なんだとわかっているのだろうか、この男は。

「そんなに心配しなくても、ちゃんとわきまえているわよ。」
 突然呟かれた台詞に、刹那が怪訝な顔をする。
「一度だけという約束だもの。アタシだってそこまでお人よしではないわ。」
「…無理だと想うけど。」
「あ、なぁに、その言い方!」
「いつだって、そういいながら結局は最後まで面倒みるんだろ。」
「…う。」
「いいよ、覚悟は出来てるから。お前が始めにあの約束を交わしたときから、何となくそういう気がしてたし。」
そいういって笑う刹那の顔はいつものとおりの表情になっていて。
「なんだか癪にさわるわ。」
「なんだよ、人がせっかく覚悟を決めたって云うのに」
「…何もかもお見通しっていうその態度が納得いかない。」
「………。」
 刹那は大きくため息をつき、
「あのな、一体どのくらいの付き合いだと想ってんだよ、そんなの今更だろうが。」
「そうね。今更ね。」

 アンタの心配性も、アタシのおせっかい焼きも全然直らないんだもん、こんなやりとりだってもうホントに今更だけど。それでも一緒に居る限りはずっとこうなんだろう。それでいいんだろう。いつまでだって続けていけたらいいと想う。
「さぁて、いい加減戻ろうぜ。キリがきっと夕飯作って待ってるよ」
 そういって手を差し出してくれる刹那を変わらずに大切に思える自分であればいいと想う。

「藍嘩に銃の使い方を教えなくちゃいけないね。」
「あぁー。大丈夫かね、あのお嬢は。」
「うぅーん、どうかな。でもこればっかりは自分でがんばってもらわないと。清都の連中が本気で来たら、あたしたちはもう手出しできないもの。」
「かくまうことはできるけど、な。」
「そう、藍嘩の争いに手出しはできないからね」
「ったく、面倒だなぁ。これだから頭の固い連中は」
 面倒だなんて云っていても結局は一番心配性で面倒見の良いのは刹那だということを知っている氷花はちいさく気づかれないようにその頬を綻ばせた。

 嵐は、もうすぐそこまで来ている。


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