Act01-05

 降り止まない雨を窓の内側から眺めながら、氷花はかすかにバスルームから聞こえてくるユウリの声に耳を傾ける。それは、癒しの謡。一族に古くから伝わる謡だ。実際のところ、どのくらい効果があるかは知らない。効果のあるなしでいえば、今浴槽に張られている薬湯のほうがよっぽど効くだろう。
 探していた少女。昔、たまたま助けられた(ひと)に、一度だけという約束で身を護ることを請け負った。彼女の娘だという、想像よりもずっと頼りなげな、あの少女が清都の長…だという。
「人は見かけによらないっていうけどね」
 かすかに苦笑しながら、そのことは良く知ってるつもりだったけどと一人ごちる。とりあえず、目的の少女はココに居る。
「これから、忙しくなりそうねぇ」
 声音にほのかに楽しむような色が混ざった。



 温めのお湯につかりながら、どこからとも無く漂ってくる良い香りに目を閉じる。ゆったりと。
 後ろではユウリが何事かを呟きながら藍嘩の髪をすいている。歌うような祈るようなそんな言葉の節を聴きながら。急速に意識が失われていくのを、藍嘩は感じた。

 次に気づいた瞬間には、藍嘩はベッドに寝かされていた。
「…目は覚めたかしら?」
 傍らから声がかかり、そちらを見ると氷花と呼ばれていた少女がコチラを見つめていた。
「…ここは、どこ?」
「梁國と暁國の間にあるスラムよ。廃都って呼ぶ人も居るわね。」
 まだはっきり目覚めていないのか、藍嘩はぼんやりと頭をふるった。
「梁國と…暁國………清都じゃ、ないのね…」
「清都?アンタ、清都から来たの?…ここから何キロ離れてると思ってんの?……しかも、そのカッコじゃ歩いてとか…?」
 氷花の言葉にゆるく首を振り
「わからない。どうやってココへきたのかも…。ただ…」
 俯いて顔を覆う。
「……おねえちゃん…」
 震える声が漏れるのを、僅かに顔を曇らせ見つめた氷花は、そっと、藍嘩の茶色の髪をなで。
「ワケありなのは良くわかったから。しばらくココにいるといいわ」
 その声に、僅かに顔を上げ、しばらくの沈黙の後
「戻らないと」
 と身を起こそうとする。
「何言ってるの。さっきまで足元もおぼつかなかったくせに。」
「だって、お姉ちゃんが……」
「いいから、せめて体力が回復するまでは居なさい。いい?」
「…」
 無理やりベッドの中に押し戻して、大仰に肩で息をつく。
「何があったかは、聞かないけれど」
 とゆるく苦笑して
「焦ってはコトを仕損じるわよ」
「…」
 まだ納得のいかない顔をした藍嘩の額をぺしりと叩いて、体力が回復したら清都まで送るから寝てなさいと再び笑う。
「…どうして」
「ん?」
「何も聴かないの?不審だと、思わないの」
「そりゃあね、あんな雨の中傘もささないでふらふら歩いている人がいたら援けるわよ。スラムには小金で人を簡単に殺すようなキケンな連中も多いけど、そういう輩ばっかりじゃないのよ。それに、アンタの事情はアンタだけのもんでしょ?今初めてあったアタシに話して、それで少しでも気持ちが軽くなるってンなら聴くけど?そうじゃないなら、逢ったばっかりの相手に、どうしたの、話してご覧なさいなんていえないわよ…それは、単なる自己満足だもの。困ってるヒトを助けたっていうフリをしたいだけでしょ。」
「…」
「アタシは、助けるならきっちり助けたいの」
 おわかり?と少しおどけて見せた後、目をしばたたかせる藍嘩に
「…で、アンタ名前は?」
「……藍嘩」
「そ。アタシは氷花。ここ半年ばかりこのスラムで暮らしているわ。」
 といって、朗らかに笑う。それから部屋の外へ声をかけた。
「目が覚めたわ。」
 そして藍嘩に向き直って言う
「うちの家族、紹介するわ。」
 同時に部屋に入ってきた3人を指差す
「左からあの銀髪の男が刹那、となりがキリ、後はユウリ。ユウリとキリは姉弟なの。」
 そして3人に向き直り
「彼女は藍嘩よ。しばらく面倒みるから」


「オマエが拾ってきたもんで面倒みずにすんだものが今までに一つでもあったかよ」
 呆れ顔で、刹那と呼ばれた青年が零すと、ジロと氷花が鋭い視線を飛ばし
「何か言った?」
「いいえ、なんでもゴザイマセン」
「…まったく」
 と怒りながらもどこか楽しげにため息をひとつ零して
「そんなわけで、煩い連中だけどヨロシクね、藍嘩?」


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