Act01-04

 どこをどうして歩いてきたのか、いったい此処はどこなのか……そんなことを考える余裕も無いくらいに藍嘩は疲弊していた。漆黒の瞳に映すものは何もなく、茶色の髪も今は濡れそぼって色を失ったまま。今にも倒れそうになりながら、目的もなくただ歩いていた。ひたすらに。
 おりしも街は雨にぬれ、傘も差さず、全身泥だらけの格好のその少女に対し道行く人はいぶかしげな視線を投げかけていたのだが、少女にはそれらの視線を気にする余裕などありはしなかった。


 スラムと呼ばれるその街は、ガラクタと時代遅れのケーブルだらけの薄汚れた街で日なたでは生きていけないようなゴロツキたちが住むような街だった。
 足取りもおぼつかない少女にそんな柄の悪い連中が目を付けないわけも無く、少女の周りにはいつの間にか、5、6人の物騒な男達が集まってきていた。
「…なぁ。そんなカッコでどこいくんだ?」
「雨にぬれて冷たいだろ?ウチに来な。暖かい部屋を用意するぜ」
 優しげな言葉で少女に語りかけるがそれにすら返事を返さず、ただうつろな視線を投げかけるだけ。
「…なぁ。コイツ、これか?」
 そのうち様子がおかしいと気づいた男のうちの一人が仲間に向けて自分の頭を指差しくるりと指を回すような仕種をしてみせる。
「…そっちのほうがかえって都合がいいんじゃねぇか?」
 下卑た男たちの笑い声が重なる。
「アッタマ悪そう。」
 ふと、男たちの後方から声がかかる。
「あぁ?なんだって?」
 息巻き、振り向いた男たちの後ろに居たのは、せいぜい15か16の少女。
 腰まであるストレートロングの黒髪を、さらりとなびかせ、小柄な体に似合わない強い視線を投げかける。ヘーゼルブラウンの瞳が、軽蔑の色をありありと浮かべて、男たちを見据えた。
「なんだよ、お前も仲間に入れて欲しいのかぁ?」
「…その…」
 男たちの後ろから現れた少女は、男たちに冷めた視線を投げかけながら、その身を軽く沈みこませ、勢いを付けて飛び上がり男のうちの一番からだの大きいヤツに回し蹴りをお見舞いした。
「下卑た笑いをやめなさい」
「…っ!……この…!」
 仲間の一人が簡単に沈んだことで色めき立つ男たちに、少女は余裕の表情で笑って見せるといとも簡単に言い放った。
「なんなら、まとめてお相手するわよ?」


 仲間がのされたことに色めき立つ男たちはいっせいに少女のほうへ向かう。
 その男たちの合間を器用に抜けて、少女はさきほど絡まれていた娘を背中にかばう形で男たちと向き合った。
 一人が勢いをつけて殴りかかってきたのを、体を沈み込ませる事でかわし、そのまま片足を軸にもう一方の足を旋回させる。足をとられて仰向けに倒れこんだ男の鳩尾に容赦なくひじをたたきこむ。
「次は?」
「…このアマ…!なめやがって…」
 残る三人のうち一人がポケットからバタフライナイフを取り出し、切りかかってくる。その男を跳躍でかわしそのまま後ろをとる形で着地する。その勢いのまま男の顔左側面を狙って蹴りを入れる。
「アンタたちは?どうする?」
 視線を向けられた二人は、大慌てできびすを返し、その場を走り去った。


「だらしないにもほどがあるわ。こんな小娘にやられて悔しいとは思わないの?」
「…うぅ…」
 悔しそうに少女をにらむがいかんせん体は云うことを聞くような状態ではなく、ただうめき声を上げるだけにとどまる。
 男たちが無抵抗なのを確認してから、少女はその場にたたずんだままのもう一人の少女のほうを振り返った。
「…アンタ、大丈夫?」
 問いかけても返る返事は無く、ただ、ぼんやりと見返す瞳が在るだけ。少女はそっとため息をつき、軽く目を伏せるともう一人の少女の手をそっと引いた。
「とりあえず、うちに来なさい。此処よりは全然ましだから。」


 少女の『うち』はスラムの中でも外れの方にあるひときわ高いガラクタの積みあがったビルの中にあった。外見はボロボロの建物であったが、中は意外に綺麗で手入れされている様子が伺えた。
「梁國みたいな自動ドア付きの家じゃなくて悪いけど」
 相変わらずぼんやりとした視線を投げかけるだけの少女に返事が無いのを承知で話しかける。
「結構住みやすく改造してあるのよ、これでもね。あぁ、うちはアタシ以外に3人一緒に暮らしているの。まぁ家族っていうのかな。……と、此処がうちよ。」
 扉を押し開けながら少女を招き入れる。
「刹那、帰ったわ。」
 呼びかけに声が返ってくる。
「遅かったな、氷花。」
「うん、ちょっと拾いモノしちゃってねー。ソレより聴いてよ!この前注文してたヤツ来たの。」
氷花と呼ばれた少女の呼びかけに、奥の部屋から銀髪の青年が顔を出す。深紅の瞳を瞬かせて、
「何が来たって?」

「コレよ!これ!」
 氷花の手に握られているのは見た感じはただの金属の筒。端々に装飾が施してあるが、それ以外は特に何の特徴も無いモノだ。
「ココをネ押すと…」
 云いながら氷花はその金属の筒についている丸いスイッチのようなものを押した。
 ……・・・・・・ブゥン!・・・・・・……
 その瞬間、金属の筒の先端から光の剣が出現した。
「いいでしょ?梁國から仕入れたの。レーザーブレード?とか云うらしいのよ。」
「……そりゃ、結構なことで。」
「あ、なぁにその態度!私だって剣くらい使えないと色々困ることもあるんだからね。さっきだって……」
「あぁ。”拾いモノ”?」
「そう。柄の悪い連中に囲まれちゃって大変だったのよ」
「…俺を、呼べよ」
「…次からはそうするわ。でも時間稼ぎくらいにはなると思うのよ?これも」
「まぁ、便利そうではあるな。携帯するのに」
「でしょう?」
「…氷花…いつまでお客様を立ちっぱなしにさせておく気です?」
 二人の掛け合いを聞きつけたらしい人物が二人、また奥から出てきた。
「ユウリ、キリ。」
「はやく湯につかっていただかないと本当に風邪をひかれてしまいます。さぁ。」
 ユウリと呼ばれた女性がまだ少しぼんやりしている少女の手を引いてバスルームへと連れて行った。二人の姿が完全にバスルームへ消えたのを確認してから、キリが口を開く。
「……よく、逢えたね。あのコに」
「あら、アタシを誰だと思っているの。」
「優秀な部下のお蔭だな」
 横から刹那が口を挟む。
「そうねぇ、あのコが国をでてから逐一報告してくれたもんね、キリは」
「でも途中で見失った」
「そんなの結果オーライだ。こうして彼女はここに居るし。なぁ、氷花」
「そうよ。キリ、アンタのお蔭」
 そう云われてキリはちょとはにかんだ。
「…で、どう見る?」
「さぁ、ね?」
「まだなんとも云えないよな。本人何がなんだか未だ把握できてないみたいだし。」
「まぁ、あったまって少し落ち着いたら話もできるでしょう。まだ名前も聴いてないわ。」
「とりあえず。自己紹介からハジメマスカ?」
 3人は小さく笑う。



 外の雨は、まだやまない。


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