Act01-03

 どよめきの余韻を残したままの広間で、瀏斗と甲斐が深くうなだれる。
「失敗した、ではすまされんぞ。しかも関係のないものを巻き込んだと?」
 血相を変える朗の脇で、ひそやかに真子羅がたたずむ。
「そういう物言いはないわ、朗爺。彼らを選出したのは、議会でしょう?」
「それはそうだが…」
「ともかく、一刻を争う容体の人がいるのでしょう、彼女の手当てを先に。今後の事はそれからよ」

静かな口調で、しかしはっきり告げた。
「真子羅。そなたたち三人が幼なじみで仲のいいのは知っているが、甘やかしてはいかんぞ」
「急ぎなさい、朗爺」
「…。御意。」
 静かに退出していく朗の背中を見送った三人は、同時に小さく息をはきだす。
「ご苦労様、二人とも」
「いや…」
「大したことしてねぇし」
 二人が同時に口ごもるのに、小さく笑って。それぞれの腕にそっと触れる。
「それでも、二人が無事に帰ってきてくれて、嬉しいわ」
 真子羅の言葉と同時にわずかに頬の色を紅く染めた甲斐と、少し肩をすくめた瀏斗が、またしても同時に言う。
「もう一度、行く」
「え?」
 あの、時期清姫の姉という少女が何事かをつぶやき、白い光に包まれた後。目をあけると影も形もなくなっていた。残されたのは、血に濡れた少女と自分たちだけで。目的の清姫はもうどこにも居らず。
「だが、完全に行方をくらましたわけではないと思う」
 と告げる瀏斗に甲斐も同意して
「きっと術かなにかで飛ばしたんだろうが、湮の術者じゃあるまいし、人ひとりをそんなに遠くまで跳ばせるすべはない。それは同族の俺達がよく知っている」
 周辺の国を探せばきっといるはずだと息巻く二人に、真子羅は複雑な視線を向け、
「どうしても?」
「何がだ、真子羅」
 尋ねる瀏斗に、視線を合わせ
「どうしても、命が必要?」
 思いもかけぬ幼なじみの言葉に、男二人がとまどった視線を合わせる。  がしがしと困ったように頭をかき混ぜる甲斐が、重い口を開いて
「国の外に出ちまったんなら、連れ戻す必要はある」
「…そうだな。清都が狙われる立場にあるっていうのはわかってるだろう?」
「わかってる、けど」
「のこのこ外に出た王をとっ捉まえられて弱みにされるわけにはいかないんだ」
「…」
「真子羅」
「ごめんなさい。わかってるの。もう止められないのは」
ゆるく笑って見せて、それから
「怪我だけは、気をつけて」
 その夜、夕闇にまぎれて二つの影が旅立っていくのを、真子羅は窓辺から見送った。


「行きましたか」
「朗爺」
 背後から静かに歩み寄る長老に、わずかに微笑んでみせる。
「けが人はどうなりました」
「いまんところ、五分だな。…清姫の姉だそうだな…。」
「そう、聞きました」
「かわいそうにの」
「…。」
「真子羅」
「迷っている時は過ぎた、と言うのでしょう?」
その言葉に小さくかぶりをふって。
「儂だって、まだ迷っておるよ。…だが」
「まわりの国は儂らを放っておいてはくれんからな」
「そうね」
「護るのだろう?」
「決めましたから」
「ならば」

「進むしかないだろう?」
 おどけた声の長老に、笑ってかえそうとして、わずかに失敗した。それを見ないふりをした朗が軽く真子羅の肩をたたき、今日はもう休もうと告げた。
 振り向く視線の先、にわかに曇る空が胸中に落ちる不安のようで真子羅は一人身を震わせた。本当に、藍嘩とよばれる少女を廃すれば、新しい王を私たちは手に入れられるんだろうか。



「まさか、あんな術を使えるとはな」
 吹き抜ける風が短く切りそろえて逆立たせた前髪をなぜるのを手で直しながら、悔しげに甲斐が呟く。
「油断だったな」
 答える瀏斗の声にも苦い色が混ざる。
「次は、ネェ」
「当然だろう」
 甲斐の言葉に間髪入れず返される声。
「瀏斗、知ってっか?」
「何を」
「議会の中には、先代の清姫の占なんざこの際無視しちまえばいいって言う意見もあるんだと」
「…」
 瀏斗が僅かに瞳を見開いて驚きをあらわにする。
「それは、掟に」
「反するさ、もちろんな」
 だが、と低い声が言葉を繋ぐ。
「滅びの王だとハナっからヤバい札貼られてる奴よりも、自分たちの目でみて信頼できる奴を選んだほうがいいっていう考えも…あるらしい」
「それは……」
「真子羅、だろうな」
 前の清姫の妹という身分でありながら誰にでも気兼ねなく接する、幼馴染。その、柔らかな笑顔が思い出される。
「確かに、他国のように血筋で王を決めるなら当然の意見ではあるな」
 思案しながら瀏斗が言葉を返す。
「だが、ココは清都だ」
「……」
「オレは、やっぱりどんな最悪な宿命を背負ってる王でも、昔からの掟に乗っ取って選ばれた王が、王だと想う」
「…そうだな」
 掟に縛られ掟に護られ生きてきた。だから、あの少女には王として次の王を選んでもらわなくては。それが酷く自分たちに都合の良い理論だとはわかっているけれど。国を、大事なものを、護ると決めたから。それ以外は切り捨てると決めた。


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