Act01-02

 目覚めると、空は快晴で、その光に目を細めていると、部屋の扉が勢い良く開かれる。
「藍嘩!いつまで寝て…」
「起きてるよ、お姉ちゃん」
 くすくすと笑うと朝日が茶色い髪に反射する。悪戯っぽく漆黒の瞳が細められて藍嘩と呼ばれた少女が笑う。
「私だっていつも寝坊ばっかりしてるわけじゃないもの」
「生意気な口きいて。ほら、早く着替えて。今日は学舎があるでしょ?」
「はぁーい」
 再び閉められた扉を眺めて、一度だけ伸びをする。それからベッドから起き上がって、服に袖を通したところで、キッチンの方からドンという大きな音。
「?」
 その音に続けて、皿が割れたらしい物音と、今しがた部屋を出て行ったばかりの姉の、悲鳴。

 転がり出るように部屋を飛び出し、キッチンへ駆け込もうとした、その刹那。逆にキッチンから出てきた姉とハチあわす。
「お姉ちゃん?!」
 なにが…と言いかけたとき、その奥から出てくる二つの人影を瞳に写す。
「だ、れ…?」
「逃げなさい、藍嘩!」
 藍嘩の姿を背に庇うようにして、立ちはばかると、二人の男に向き合う。
「藍嘩?」
「そっちが?」
 ぎくりとこわばった姉の背を見つめ、事態の飲み込めないまま、何が起きているのかと問いただす間もないままに、姉に手を引かれて家の外に連れ出される。
「お、お姉ちゃん、あの人たち…?」
「話は後よ、いいから。走りなさい!」
「で、でも…」
 言いかけた台詞をさえぎるような轟音が耳を掠める。その、音は、風を切って飛ぶ大剣で。目前を走る姉をも通り越し、姉妹の逃げ手を塞ぐように木の幹に突き刺さる。
「…!」
 ザンと木の幹に突き刺さる音に、びくりと心臓がはね、思わず足がとまる。背後には、先ほどの二人。
「そちらには、危害を加えるツモリはない。おとなしく脇へ逃げてくれないか」
「大事な妹を放り出してはいそうですか、なんていえるわけがないでしょう」
「…先の清姫の最後の占だ。あきらめろ」
「そういうのを、横暴っていうのよ!」
「…聞き分けのない」
「瀏斗、とりあえず、捕まえちまおうぜ。」
「仕方ないな」
 二手に分かれて走りよる二人のうち、先ほど剣を投げてしまった甲斐に狙いを定め、藍嘩が護身用にと身に着けていた鞭を振るう。威嚇ほどにしかならないソレも、予想外の反撃だったためか、一瞬甲斐が立ち止まる。
 その隙を狙い、逃げ道を探ろうとする姉妹の背後から、瀏斗が手を伸ばす。タイミングよく鞭を引き戻し、こちらへも狙いを定めるが、紙一重で交わされる。
「…この」
 それでもなお、追い払おうと振るわれる鞭を、切り落とそうと構えた剣を薙いだ勢いで、狙いを付けて藍嘩向けて剣を振り下ろした。

「−っ」
 小さく息をのむ声がした一瞬のち。確かな手ごたえと、鮮血が舞う。
そして崩れ落ちたのは


「…おねえちゃん!!」
 その背に妹を庇い倒れたのは、藍嘩ではなく。
「…な」
「お姉ちゃん!ねぇ!」
「…藍嘩、無事なのね」
「私なんかどうでもいいよ!」
「…逃げなさい」
抱きしめた両腕にぬるりとした感触がつたう
「や、やだ!やだ…。」  手当てをしようと、視線をさまよわせ、ふと目の前で、血の滴る剣を見つめ、呆然とする男に視線が止まる。
「…どうして」
「…」
「人殺し!」
「…」
 返る言葉は無く。
「…瀏斗」
 甲斐が静かに傍に立ち寄って、軽く肩をたたく。それから一瞬きつく瞳を閉じ。
「いまなら手当てが間に合うかもしれない」
 じりと近づく甲斐に、きつく姉の身体を抱きしめ 「来ないで」
「命が助かるかもしれねぇって言ってんだぞ」
「藍嘩、いいから」
「お姉ちゃん」
「あんたの姉貴の命は必ず救う。」
 聴いちゃダメ、逃げなさいとか細い息づかいで告げられる声に、ただ、きつく手を握るしかできず。
「そのかわり、あんたも一緒にきてもらう」
「…」
「…約束は、守る」
「必ず?」
「必ずだ」
「お姉ちゃんを、助けて」
「だめよ、藍嘩…!」
「だって」
反論を口に仕掛けたところで、姉の口がなにごとかを紡いだのを聞きつける「え?なんて…」口元に耳を寄せようとした、其の一瞬。


 あたりは閃光につつまれる。  最後の一瞬に見えたのは、眠るように瞳を閉じる、紅く染まる姉の顔。


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