Act01-01

 世界にはあまたの国があり、様々な種族人種が住んでいた。世界の東の端にある、倭都卯と呼ばれる大陸にも、数多くの国が存在し、ある国は王の私欲のために、また別の地域では隣人の富をねたみ、止む事なく戦乱がおきていた。その倭都卯の中に、清都と呼ばれ他国との一切の交流を絶ち独自の習慣でくらす国が存在しており、その国の民は、一説には未来を見通す力があるとも言われ、長たる清姫は未来をその能力をもって意のままに操れるとも噂された。
 その能力を利用しようと、すきあらば清都を自国に取り込もうと狙う近隣諸国の策謀の中、清姫が崩御して十数年が王不在のまま過ぎさろうとしていた。

「見付かった?」
「らしいぞ。町外れの集落の中に姉と二人で暮らしてるって噂だ」
 二人の男が声を潜めつつ会話を交わす。一人は黒目黒髪で背が高い男、もう一人は割と体格のしっかりした男。背の高いほうが、僅かに眉間に皺を寄せると、もう一方がニヤリを笑って見せて
「いよいよ、オレたちの出番ってわけだ」
「甲斐」
「ンな難しい顔スンなって。」
 朗らかに笑いつつ、相手の背中をバシっとたたく。
「あんま深刻になりすぎっとはげるぞ、瀏斗」
「…」
 ギロリと睨みつけられて、軽く肩をすくめる。
「おぉ、コワ」
「コトは慎重に運ばねばならんのだぞ」
「…だからだろ」
 瀏斗と呼ばれた背の高い男の台詞に、若干声のトーンを抑えて、甲斐が答える。
「慎重になんねーといけねぇのは、いやでもわかってる。だからって、悩んだら動けねーのは、オマエだろうが」
「…」
「失敗は許されネェんだ」
 これからのオレたちの行動に、この国の命運がかかってるんだと呟く甲斐の声も、どこか緊張を帯びていて。わかってると静かに返す瀏斗も穏やかとは言いがたい。
「“次の清姫は、国を滅ぼす”…か」
 ぽつり漏れた呟きを聞きとがめて、瀏斗が振り向く。
「何かいったか?」
「いいや」
 かぶりをふって否定してから、甲斐は笑う。その占が真実か否かは重要ではない。大切なのは、迷う事ではなく、信じた道を行く事だ。
「とっとと済ませて帰りたいな」
「もう帰りの心配か」
「あぁー?後の楽しみがないと、仕事にも拍がつかねーだろ!」
「…」
 ぎこちなく流れる空気を、誤魔化すかのような明るい物言いに、僅かに瀏斗は苦笑して、そうだな、と小さく返す。
「実は怖気づいたんじゃないのか?甲斐」
「…下手なこと言うとぶん殴るぜ?」
「怖いな」

「…いこうか?相棒」
 甲斐の言葉に僅かに頷き、それから一度だけ後ろを振り向く。そこには、幼い頃から慣れ親しんだ風景がひろがる。そこにある風景を護るためなら、どんなことでもすると誓ったのは、もう遠い幼い頃。この清都がどのような状況に置かれているのか、それが決して楽観できるようなものでもないことは、十分に知っているつもりだ。滅ぶか否か。ギリギリにいるのなら、できるだけ不安要素は取り除いておくに限る。
 だから、どうしても行かなくてはならない。
 清姫の命を奪うために。

 向き直った瞳に、迷いはない。

「真子羅」
 後ろからかかる声にゆったりと振り向く。
「…(ロウ)爺…」
 振り向くと同時に、長くゆるいウェーブのかかった黒髪が揺れて、同じくらいふかい闇色の瞳がわずかに揺れた。
「そんなにふさぎこまれますな。彼らならきっと本懐を遂げてきます」
 その瞳の揺れをなにかと勘違いしたのか、言葉を続けた目の前の老人の言葉には微笑みで答えて、再び窓の外を見つめる。ちがうの、ふさぎこんでいるのは、そのせいじゃない。
 ……私は、大切な人に人殺しをさせようとしている。其の事が心を暗く重たく沈ませる。あの二人は自ら志願してくれたのだけれど、できることなら行かせたくなどなかった。
 王が居ない、この国。
 清都の王は、清都の王が選ぶ。先代の王がなくなる時に見る死の夢の中でだけ、次代の王を占う事が出来るという。もちろん、先代の王は時代の王を選んで死んだ。
 だが。
 その王が見付からない。
 いっそ、見付からないままだったほうが幸せだったのかもしれない。なぜなら、見つけ次第に殺すようにと、この十年間王の不在中も清都の政を動かしてきた議会が決めたから。
 次の王という少女。そして、その少女こそが清都を滅ぼす滅びの王となるという予言。自分たちを護り、国を護ってくれるはずの王が滅びを招くと予言されたことは、占に頼って生きてきたこの国には重過ぎる事実だった。

 願うのは無事の帰りと……できれば次代の清姫に選ばれてしまったという少女が逃げ延びてくれないかということ。瀏斗がそんなことを許すはずもないだろうけれど、それでも願う。どうか、私の大切な人たちが、傷つきませんように。
 窓の外には朧月。
 それは、もう10年も前の、姉が死んだ夜を思い出させた。
 清都の王は、代々前の清姫が死の間際に見る最後の占(せん)によって選ばれるのがしきたりだ。あの時まだ12歳だった私は、今わの際に立ち会えず、翌朝になってからその事実をきいた。最後の占も。今となっては、告げられた内容がすべて姉の言葉を正しく告げているかどうかを確かめる術などなくなってしまったけれど。未だ時々、占の解釈を間違っているのではないかという疑心にとらわれる。
 確かに、滅びの王と予言された王を廃してその次の王に期待したいという気持ちもわからなくはない。ただでさえ、近隣諸国の干渉は厳しくいつ国が傾くかという状況の中。不安要素はひとつでも取り除いて置くに限る。だが、そんなに人の命はたやすいものだろうか?
 そして、この十年あまり見付からなかった清姫が、どうして今頃見つかったのだろうか?
 でも、もう狂いだしてしまった歯車を戻す方法がわからない。
知らずこぼれたため息に、小さく苦笑する。しっかりしなくては。道を決めた以上は迷う事はゆるされはしないから。この国を護ることを優先させなくては。

 此処には居ない、幼馴染の二人を想う。
 彼らのためにも、私が迷うわけには、いかない。
 一度目を伏せ、頭をよぎる不安も迷いもすべて振り切るように顔を上げる。振り向いた先にまだ佇んだまま待ってる朗爺に、向き直る。
「さぁ、行きましょう?会議があるから、呼びにきたのでしょう?」
占にがんじがらめになってそれに頼るしか生きる術を知らないこの国を、それでも私は愛している。


page top