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 かつては数多の国々が存在し、時に戦乱を巻き起こし苦しみを味わい、時を経て共和国という名のもと統一された大陸の名を倭都卯(わとう)と言う。
 大陸の中心部はまさに共和国の中心であり、そこから円を幾重にも重ねるように外側へと国は広がっていた。共和国の南端には(いん)、北端には(ぎょう)と言われる自治区があり、その両者は共和国の末端に位置しながらも、中央の関与を許さない場所だった。彼らの自治は、彼らの国が統一以前から大国だったことと、神話の代から連綿と受け継がれてきた彼らの能力――魔法、とよばれるもの――によるところが大きかった。彼らは単なる一自治区でありながら自分達の長を王と呼んで憚らない。それは共和国(もちろん、共和国である以上特定の王は存在せず、国は統治局と呼ばれる機関が支配していたが)の反発を招き、事実何度か力で二つの自治区を押しつぶそうとしたが適わなかった。
 もともと、大陸は魔法や精霊と呼ばれる不可視の、だが確実に存在する力を使役する民が多く存在していた。最たるものが湮と暁だ。だが中には『持たざる民』も存在した。彼らは代わりに機械を発明し、それを彼らの魔法と称した。それは、機械を通じて本当の魔法を模したものだったが、身につけるための厳しい鍛練を必要としない分、広く世の中に浸透した。そうして、楽に魔法を扱えるようになった民はやがて本当の魔法を忘れ、機械を発展させることに心血を注いだ。今では魔法の発動に機械を用いるのではなく、魔法そのものを体内に注入しあたかも魔法がもともと備わっていたかのようにするために機械は用いられた。やがて、かつてそれがなくてはこの大陸での国力など無いに等しいとまで言われていた魔法は廃れた。ただ湮と暁を除いて。湮は魔法の研究を生業としていたし、暁は信仰が厚い神に愛された国だったため機械のすごさは認めても、頼ることをよしとしなかったのだ。
 やがて共和の時代が訪れたとき、二国を排除する動きが生まれた。自分たちの持つ魔法がまがい物であることを知っているからこそ、本物と称された二国の魔法を何よりも恐れたからだ。しかし、達成されたことは一度たりともなく。共和国は二国を引き離し、自治を与える代わりに彼らが一歩でも自治区から出ることを禁じた。こうして、隔離して(ありていに言えば臭いものに蓋をして)、とりあえずの脅威から目をそらした。二国は特に共和国の統治に興味もなかったのか条件をあっさり呑んで南北の端に別れた。
 だが、共和国は知らなかったのだ。彼らをつなぐ、『鳥』の存在を。(フォーゲル)、と言うのはもちろん俗称で、かつての国名で呼ぶなら(さい)、が正しい。湮や暁と同じような力を持ちながら彼らと一線を画した斎の民は、獣と呼ばれる人外の生きものを使役し報酬を元にしてさまざまな仕事を引き受けた。暗殺、誘拐、その他裏稼業と呼ばれるさまざまなことを。統治局内部でも斎を知るものがいなかったわけではないが――何度か利用もしている――、統治局の認識はお金を積めば何でもやる傭兵という域を越えなかったので彼らは知らなかった。斎の民が持つ力は、共和国が恐れる湮や暁の持つ力と、発露の仕方は違えど、根本は同じものであることを。彼らは金銭で依頼を受けるが、金銭がなくとも動くときがあることを。
 斎の民は空に居を構えていた。鳥という俗称はここからくる。もともと定住のための国土をもたず、各国の端々に分散し闇に紛れて生きてきた斎の民は、やがて共和国へと移りゆく大陸の中で住みかを追われた。当時持たざる民の最大権力を誇っていた(りょう)と呼ばれた国の王と懇意にしていた斎王は梁の力――機械の――を借りることにした。飛空艇(エアーシップ)と呼ばれるそれは、しかし船と呼ぶにはあまりに巨大で、動力には湮の魔法師たちが石に魔力を封じたものを使用しているため、半永久的に空中を漂うことが可能でも、動きは緩やかで意思のままに舵をとるのは難しいように思われた。そこで、斎の民は常は風の流れに自らの行方も任せ、必要があるときにだけ意思を持って行く先を決めた。湮、暁、斎に梁を加えた四国は、国として分かれていたときも梁が共和の波にのまれ滅びの一途を辿ったときも変わらぬ縁で結ばれており(それを、それぞれの王は口をそろえて腐れ縁だとぼやいた)、今現在に至っても変わらない。ゆえに、二国が苦境に立たされたときは裏から手を貸し、南端と北端に隔てられた今は、両国を結ぶパイプ役として動いている。
 しかしながら、二国と鳥は表立って共和国と対立の立場にあるわけではなく、互いに干渉しないある程度距離を保った位置での共存の道を歩んでいた。

 部屋の中には、三人の男女が集まり潜めるほどではないが大きくも無い声で何事かを話し合っている。一番背の高いのは短い黒髪の右側の一部だけ細く編みこんでいる青年で、年のころは二十歳前後。オレンジがかった茶色い髪のやはり二十歳前後の女性が一番小柄。残る一人は、ブルーグレーの髪をもつ青年で、三人の中では一番年上に見受けられる。
「今、不老不死って言ったの、キリ?」
 眉をひそめ、髪と同じくオレンジがかった茶色の瞳を真っ直ぐ黒髪の青年に向けて女性が問う。
「言った。馬鹿げてるだろ?」
 キリと呼ばれた青年は肩をすくめ、呆れをにじませながら答えた。
「ウチは獣と契約した時点で向こうの能力に引っ張られるから、自然体力とか寿命とかもヒトとは変わってくるし……碧仁(あおと)のとこは昔っから長寿が当たり前だし……心情的に一番理解できるのは凛涅(りんね)のとこ?」
 向けられた言葉に、女性はむ、と顔を顰めながらまぁね、と呟いた。
「しょうがないじゃない? 魔法の研究ってヒト一人の寿命の間には到底やり切れないんだもの。そんなんじゃ何時までも前進できないし。でも、あたしのところだって、全員が長寿の術を使えるわけじゃないのよ。ちゃんとまっとうに修行を積んでそれでもやりたいって思ったうえでよ」
「湮のように目的がハッキリしてればいっそ潔いけどな。……何する気なんだろうな、統治局の連中は」
 ブルーグレーの髪をもつ青年が髪よりさらに濃い青の瞳を僅かに伏せながら呟く。
「隣の芝を羨んでるんじゃない?」
 凛涅が切り返す。まぁ、いずれにしても、とキリがのんびりと言う。
「こちらに危害がないなら、それでいいんだけどな」
 この台詞には残る二人も大いに賛同した。


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