act03-09

 歩き出して数分、見つけた空き家と思しき家屋の入り口に音もなく身を寄せた久希は、室内に人の気配がない事を、外から注意深く確かめる。暫く耳を澄ませたり隙間から中を覗き込んだりした後、久希は覚悟を決めたかのように表情を引き締め、そろりと扉を押し開く。キィと、わずかに蝶番がきしむ音がして、薄暗い室内へ光が差し込む。室内は薄暗く、外から中を覗き込んだ久希は、見えづらいのか少々瞳を細めるかのようにして中を再度改めてから、その身を室内へと滑り込ませた。しばらくしてから、扉からひょいと顔を除かせた久希は世威と常葉に向って手招きをしてみせる。久希の一連の動作を少々離れた位置で眺めるだけだった2人は、久希の手招きを見て、一拍動きを止めたあと、そそくさと室内に足を向けた。
 室内に納まり、ひと心地ついたところで世威は、あらためて久希の背中を見遣るも、ソコにはもはや何の影も見えない。
「なぁ、さっきのって」
「……あぁ……羽根?」
「そう」
「あれ、凪お手製のパラシュート」
 笑いながら答える久希の顔をまじまじと見返す。
「パラシュート?」
「そう。このプレートが起動スイッチになってる」
 と、久希が指し示したのは先ほども黒革のアームカバーから引っ張り出した小さなプレート親指程しか大きさのないそのプレートは一見するとただの金属板であるが、真ん中あたりに小さなくぼみらしきものがある。じっと目を凝らすようにそのプレートを見つめる世威に久希がわずかに肩をつくめ、言葉を繋ぐ。
「俺の服の背中には極小の投影カメラが二個ついてて」
 久希の説明に合わせて世威が久希の背中側に移動する。このへんよ、と常葉が指差す久希の服の背中にはボタンのようなものが二個、確かに着いている。それが久希の言う投影カメラなのだろう。
「そっからさっきみたく、羽根の映像が投影される」
 うん、と頷きながら世威は穴があきそうな程久希の背中を見つめる。
「凪の中には風向きを読むのが得意な獣と、もう一匹、機械いじりが得意な獣が居て」
「機械いじり」
「そう。そいつがただの映像を実体化してくれるような仕掛けをしてくれたんだ」
「……仕掛け」
「詳しい事はよくわかんねぇよ。……ただ、梁の技術の応用だって聞いてる」
「梁?」
「ずっと昔に滅んだ国だ」
「……あぁ、この前キリが言ってた」
「そ。軽くて持ち運びに便利だし何回も使えるし、凪にしちゃ上出来の発明品だな」
 実の兄に対し、しれっと酷い事を口走りながら久希は今度は腰に巻き付けたベルトに連結してある鞄を開け、手のひら程の大きさと厚みのある鏡のようなものを引っ張り出す。よかった割れてなかったぜと小さく呟きながら鏡面をとんとんとんと指で叩くと、青白い光を帯びた鏡面に文字が浮かび上がる。常葉が久希の右側から画面を覗き込む様に身を寄せる。
「それも凪の発明?」
 常葉とは反対側から世威も久希が操作する画面を覗き込みながら尋ねる。久希は、鏡面上を指を滑らせる様にして映し出された画面や文字を上下に動かしつつ、食い入る様に画面を見つめたまま、そう、と言葉短かに答える。
「これ、タオベと通信できるんだよ……文字で、だけど」
 常葉が久希の足りない説明を補う様に言葉を紡ぐ。
「そうなの?」
「うん。この端末には測位装置が入ってて、端末が起動してればタオベからこの端末がどの位置にあるかを調べる事ができるんだ……まぁ、はぐれた時の連絡用だね」
「迷子防止機?」
「……そうとも、言える、かな?」
 世威の言葉にくすりと常葉が笑うと、うっせぇと久希の不機嫌そうな声。
「人んときは散々言ったくせに」
「誰のせいでこんなとこまでおっことされたんだっけ?」
「もぉ、久希ってば!」
「オレのせいじゃなく熱烈歓迎美女のせいだろ」
「……野郎かもしんねーだろ」
「美女来い!」
「……ふたりとも」
 あっきれた! と顔をしかめる常葉に世威が苦笑いし、久希が相変わらず画面から目を離さないまま肩をすくめる。指を画面上で上下左右に滑らせたり、時々とんとんと軽く指先を叩き付けたりしながら操作すること数刻。ようやく画面から目を上げた久希が、凪が位置は特定できたって言ってる、と告げる。
「特定だけ?」
 常葉がことり、と首を傾げつつ久希に問う。
「こっちに降りる段取り付けるのに時間かかるかもしんねーんだと。世威が派手な歓迎受けてっからな。中央の連中も警戒厳しくなってるみてーだし、いくら此処が中央から遠いスラムだとしても、ちょっとほとぼり覚めるまで待つきかもしんねぇな」
「そっか」
「まぁ、定時連絡は入れるっていってたから‥‥2、3日ってとこじゃねぇ?」
 然程心配している様子もない久希に対し、世威はわずかに眉を潜める。
「それまでは?」
「適当に大人しくすごす……ウマい具合に此処空いてるみたいだしな……」
 きょろりと見渡す室内は、確かに暫く使われた痕跡も無く埃にまみれてはいるが、風雨を凌ぐには十分であるように思われた。
「そっか」
「こんなん、全然マシなほうだぞ〜。酷いときには野宿だし」
 やや、薄暗い空気を纏ってしまった世威の方をチラと見遣りながら久希が軽い口調で告げる。
「どのみち、今日はどうしようもねぇ……とりあえず、寝られるようにこの中を掃除するのが先決だな……」
「たしかに、そうだね」
 久希の言葉に世威がわずかに微笑む。いくら雨風しのげても、埃まみれで眠るのは勘弁してほしいもんなーと言いながら立ち上がる少年二人に続いて常葉が立ち上がる。それから、3人は割と夢中で空き家中を掃除し、なんだかんだであちこち整えてから、床についた。その際、部屋割りで一悶着おき、常葉を別室で寝かせようとしたが一人で寝るのを不安がった常葉に結局折れた久希が床で寝る羽目になったとかなんとか。

page top / 20150404初出