小高い丘の上に、少女は居た。
一緒に過ごすようになって随分な時間が流れたが、出会ったときと寸分違わぬ姿で、意志の強い瞳のまま。実際のところは、少女と呼べるような可愛らしい性格ではなかったが。
「キリが探してた」
少女の背後から歩み寄った男が、声をかける。
梢を揺らしながら男が近づいても振り向くことなく、そう、とだけ声が答えた。
風が緩やかに吹きぬける。
出会いはつい昨日のことのように思い出されるが、振り返ってみれば二人の間にはやはり随分な年月が降り積もり、改めてみると変わらぬようで変わったところもあるもんだと男はしみじみと実感した。こんな穏やかな気持ちで居られるとは。
少女も、思う。ただ、思いのままに走りぬけ、激動を見守ってきた、けれど
「見届けるのは、アタシの役目じゃないのね」
呟いた声は風がまきあげた。
背後で佇んでいた気配が横に並ぶ。
「未練か?」
「違うわ」
残るものなどなにもない。恥じるものも、何一つ。
ただひとつ、あるとすれば。
「悔しいわ」
「…」
「あんたより、先っていうのが」
前を向いたまま、男のほうなど見ようともしない。
その横顔に、男は小さく肩を竦め、それから唇の端を釣り上げて不敵に笑った。それはいつも強くあろうとした少女を甘やかそうとするときの男の癖だった。
「俺にもたまには良い目をみさせろよ」
「嫌よ」
つい、と逸らす顔の向こうに見える青空がまぶしい。
男は、少女の長い黒髪が風に舞うのを一房捕まえる。その仕草を、横目で追いかけた少女と男の視線がこの日初めてぶつかった。
言葉は無く。
別れも。
睦言も。
何も。
静かに引き寄せられて、一度だけ唇が触れる。
それは始まりのときのように神聖でかけがえが無かった。
後にはただ、なにごともなかったように風が吹き抜けるばかり。