指先から生まれる

 二人そろってテストの成績が悪くって。先生にお説教を頂いたのがつい、さっき。ふて腐れて、午後の授業は自主休講にして。こっそり紛れ込んだ花園で、出口を見失って、木々の陰に身を寄せた。
 茶色の、日の光にすかすとほとんどオレンジ色に見える髪をもつ少女が自分よりはゆうに10センチは高いであろう、もうひとりの少女を振り仰ぐ。
「ね、伊璃。先生、うまく捲けたかな」
 問いかけると、上のほうから、グレーの視線がコチラを捕らえて、勝気な笑顔が覗く。
「当然。抜かりはないわよ」
 そっか、と笑いあった、その瞬間。背後でがさりと揺れた茂みに、身を縮こまらせる。
「…おや、ナンだい。こんなトコで迷子かい?」
 がさがさと木の葉を揺らして現れたのは、強い碧の瞳をもつ黒髪の女性。肩に乗せた鳥は、とても大きい。
「…えっと…」
 だれ?と隣にいる伊璃にすがるような視線を向けた凛涅を見返した伊璃が、複雑そうな顔を見せる。
「李凪」
「…李凪?」
 その名に聞き覚えがあると、しばらく小首を傾げた後、はたと思いついて思わず大声が出る
「…て、王様の?!」
「ば、ばか!凛涅、声が大きい!」
 あわてて口をふさぐ親友の様子にしまったと想ったのと同時に被る笑い声に瞳を瞬かせる。
「学舎の子だね。此処は、一応部外者以外立ち入り禁止なんだけど」
 瞬時に身をこわばらせた二人を見遣って、さも楽しげにカラカラと笑う声。
「なぁに、だからってどうしようっていうわけじゃないさ。迷子には寛大でね」
「迷子…?」
「失っ礼ね!私たち別に迷子ってワケじゃ…!」
 きょとんと見つめ返す茶色の瞳と、きっと睨み返すグレーの瞳をそれぞれ見遣って、ますます笑いを深めた李凪は
「まぁ、そういうことにしておくのが得策だとおもうけど」
 とのんびりと呟きを落とした。

「おおかた、成績がよくなくて説教くらったとかそういうとこだろ?」
「…」
「なんで…」
「ま、今までにもそういうのが此処にまよいこんできたからねぇ」
「…」
「…」
「説教なんかされたら、やる気をなくすのもわかるけどねぇ」
 僅かに見せる苦笑と、飄々とした態度は、とても王のようには見えない。

「頑張れ頑張れって、頑張ってるのに。これ以上どう頑張ったらいいのか、わかんない」
 吹く風になびく髪をそのままに、しばらくの沈黙ののち小さく漏れ聴こえてきた声に李凪が静かに視線を合わせる。
「大人の身勝手な期待だよ。言わせておけばいいのさ、そんなの」
「…でも」
「期待に応えられない自分から逃げるような小さい人間ならね、そんな声には耳を塞ぎな」
「…」
「そんな、言い方って…」
 思わず抗議しようとした伊璃を李凪は視線で黙らせる。

 黙る少女たちにわざと大きなリアクションで興味を引くように、指をパチリと一回鳴らして見せると、指先から星屑が零れ落ちた。
「…わ」
「すごい、今のなに?!」
 一瞬前の沈黙すら忘れたように歓声を挙げる二人に小さく笑ってから、
「魔法」
「だって、陣も詠唱もなかったよ?!」
「そんなの、学校でも教えてもらってない!」
「あはは、そりゃね。これはあたしのオリジナルだもの。簡単さ、指を鳴らす行為そのものが陣と詠唱の代わり。簡単だろ?」
「…そんなことが」
「なんかメチャクチャだわ」
「そう馬鹿にするもんじゃないよ。コレだって、いい音で指を鳴らさないと星屑は生まれちゃくれないんだ」
「「…」」
「いいねぇ、その疑いの視線」
 からりと笑いを含みながら言う李凪に凛涅はその大きな瞳を瞬かせて、
「そいういう授業なら楽しそうなのに」
「それはね、オマエの気の持ち様だよ。そもそも魔法は研究から始まるものだって、授業で習わなかったか?既にある術も陣も詠唱も、そこに発想を得てオマエだけの『魔法』を生み出せば、それでいいのさ」
「…指を鳴らすだけでも?」
「そうそう、そういう小さなトコからでいい」

 肝心なのは、術を闇雲に憶える事じゃない。感覚でつかむこと。空気を感じ風と対話し水の調べを聴く。炎のゆらめきを、闇の暗さを自然を、視る。
「授業は単なる足がかり」
 だからと言っておろそかにしてると、オチこぼれるからね、適度にやっときな、と随分適当なことを言う相手に、凛涅と伊璃が顔を見合わせて
「…王様ってあまり真面目な学生じゃなかったでしょう」
「おや、鋭いね」
 真面目さと成績の優秀さは比例しないんだよ、よく憶えておきな、とにこやかに告げたあと、空を仰ぐ
「黎」
 呼びかけるとふわり、と白い羽根を持つ鳥が舞い降りて
「送ってやんな」
 迷子だからねと命じる。
「…大きな鳥」
「案内なんかなくても帰れるわよ」
「そういわずに。人の親切は受け取っておくもんだよ」


 ばさりと羽ばたく白い鳥の後を追いながら、今度ここに迷い込む時には、もう少し色々上達してるといいとぼんやり想う。空に映える白い羽根にまぶしげに目を細めて。成績とかじゃなくて、もっと。
 そう、彼女がカッコよく指をならしていたように。
 なにか、ひとつでも。


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