掴み取る未来の。

 凍冴の妹が攫われて、場所を見つけるのは目星も付いてたし、想ってた以上に簡単だった…けど。それよりも気になったのは



 羅紗さまを見つけてソレを云われたとおりに凍冴に報告したら、しばらく休んでていいと言われたけど。どうにもこうにもじっとしてらんねぇ…あのとき、蒋国の王城で、みたあのヤロウ…
 本当は、羅紗さまを見つけたら、凍冴には悪ぃけど、様子見だけじゃなくてあわよくば連れ帰ってやろうという魂胆があった。あの凍冴が妹には甘いことをよく知ってるから。だけど、羅紗さまの気配よりも、そのすぐ傍にあったあの、圧倒的な殺気に、何も出来なかった。

「っだー!むしゃくしゃすんなぁ!」
 ベッドでごろごろしてたのを勢いつけて立ち上がる。…凍冴は今頃蒋国に着いただろうか。ふと、窓の外を見遣ると

 …
 ……。

 アイツ…!
 アイツだ、蒋国でびりびり来るような殺気をまきちらして俺を牽制した、銀髪の男…!
 よく見ると腕に誰か抱えて……ら、羅紗さまじゃねぇか…!…ん?なんでアイツが…?
 いや、そんなことはどうでもイイ。ちょうどむしゃくしゃしてたし、ちょうどいい気晴らしになんだろ。
 勢いつけて扉を開けてあのヤロウが向かったほうへ走っていく。


 音も立てずに窓から部屋に侵入した刹那は、誰も居ないのをイイコトに一人ごちる。…氷花も人使いが荒いよなぁ。攫って来いって云った後は、無事に帰せとか。
 まぁ、もともとあの梁國の王を引っ張り出す為だけのえさだから、きっちりアノ場に引きずり出した以上は、無事に帰すのがれいぎってもんだよなぁと想いながら、術で眠りに落ちたままの少女の体を臥所に横たえる。さて、面倒ごとに巻き込まれねぇうちに帰るか、と部屋を窓から出ようとしたとき、
 部屋の扉が勢いよく開く音が、聴こえた。


 何事かと振り返る、銀髪の男を目の前に、強くにらみつける。
「…何してやがる、ここで」
「お姫様を送り届けに」
 ゴーグルのせいで表情までは見えないけれど。真面目にこたえる気が無いのが声からわかる。
「ふざけんな」
「……どっかで、見たと想ったら、蒋国でくっついてきてたボウヤか」
 人を食ったようなその物言いに、カチンとくる。
「…あん時は凍冴の命令もあったから、手ぇ出さなかったけど、今回はそうじゃないからな。覚悟しろよ」
 そういって身構える俺を尻目に、やつは窓を開け、ひらりと外へ躍り出る。
「ンな狭いとこじゃ暴れらんねーダロ?」
 完全に人を馬鹿にしたような態度に、ムキになって後を追う。飛び出た先は、ちょうど、中庭で。拓けた視界の中に相手を捕らえて、右手に意識を集中させる。ヴゥンと静かな音を立ててブレードを召喚すると、ヤツは「へぇ」面白いって顔をする。


 余裕の表情で飄々としている相手に向かって、予告も無く勢いつけてブレードを横薙ぎにする。上体をそらしてソレをよけた相手が体勢を立て直す前に、第二撃。横薙ぎにしたブレードを今度は縦に振り下ろす。完全に獲った、と想ったけどブレードの勢いが途中で強い衝撃に阻まれて止まる。……じょ、冗談だろ?
「な、なんで素手で止めてんだよ!」
 そう、あろうことか相手はブレードの刃を左腕で受けていた。しかも、キズついた様子は欠片も無い。……ありえねー!動揺を見せる俺に、にやりと笑うと
「これがただの腕に見えてるうちは、勝てネェよ?」
 ぎりぎりとそれでもブレードの力を弱める事なく押す俺に、んじゃ今度はこっちからなと言って右腕を鳩尾狙いで飛ばしてくる。
 …っ、ヤベっ!とっさに後ろに身を引いて、直撃は免れたけど…
「げぇっほ!」いってぇ!


 オマエ一体何者っていう問いかけに答える気はさらさらないようで、にっと笑っただけで
「もうおしまい?」
「っ!まだまだだ」
「…死にてぇのか」
 答えず、再度ブレードを振り払う。それには軽く体を沈み込ませてよけ、其の体勢から足を払われる。
「!」
 思わず体勢を崩した俺に、相手は容赦なくもう一撃蹴りを飛ばしてくる。手でガードはしたものの、まともに顔面に入って後ろに吹っ飛ぶ。そのまま倒れて身を起こすよりも先に、相手が馬乗りになるほうが早く、喉元に拳を突きつけられて、
「まぁだ、ちょっと青いなー。もったいねぇ」
 口元だけで笑う相手に悔し紛れに「うっせぇ」と云う。その台詞に喉の奥でくっと笑ったあと、拳に力を込めようとして
「刹那、そのくらいにしときなさいよ」
 と声がかかる。
「…ち、イイトコだったのに。」
「なぁにがイイトコよ。ほら、退きなさいよ。」
 今まで撒き散らしてた殺気がウソのようにおさまって、体の上から刹那、と呼ばれた相手が退く。唖然と見遣る俺に、呼びかけた少女がにこりと笑う。刹那と同じゴーグルせいで、詳しい表情まではわからないけれど。

「悪かったわね、うちのが面倒おこして。…怪我は、ない?」
「…あちこち痛いんだけど」
 俺の答えにくすりと笑って
「そりゃ、悪かったわね。」
 と手を差し出してくれる。その小さな手を掴んで身を起こすと、刹那がふて腐れた顔してる。

「おら、帰んぞ」
「はいはい」
 もう一度俺にごめんねと微笑みかけたあと、きびすを返す少女と彼女を待って歩き出す刹那の背中に声をかける
「次は負けネェ!」
 その言葉に一度だけ振りかって、にやりと笑う。
「やれるもんなら、やってみな」

覚えてろよ。
 刹那、ね。楽しみが一つ増えたな。痛む体を引きずりながら、それでも漏れる笑みを止める事はできない。見てろ、今度会うときは、びっくりさせてやらぁ。


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